NASAが月・惑星探査などの新たな方針を発表 月面基地を重視し原子力も活用へ
NASA(アメリカ航空宇宙局)は日本時間2026年3月25日未明に開催したライブイベント「Ignition(イグニッション)」にて、有人月探査計画「Artemis(アルテミス)」を含む月・惑星探査などに関する新たな方針を発表しました。
NASAのJared Isaacman長官らによると、NASAはTrump大統領の国家宇宙政策に基づき、2028年の有人月面探査再開と、恒久的な月面基地の建設を目指します。また、月面基地にリソースを集中させるために月周回有人拠点「Gateway(ゲートウェイ)」の建設を停止することや、月面や深宇宙での電源として原子力を活用していくことなどもあわせて発表されました。

Artemis計画の大幅な再編
まずはArtemis計画について。既報の通り、Artemis計画は2026年2月27日の会見で内容の見直しが明らかになっていましたが、有人月面着陸の成功確率を高めつつスケジュールを加速させるために、各ミッションの目的を再編することが改めて語られました。
NASAがアルテミス計画の見直しを発表 月面着陸を2028年に先送りし地球低軌道でテスト実施へ(2026年3月1日)Artemis III: 地球低軌道でのテストミッション
2027年に実施予定の「Artemis III(アルテミスIII)」ミッションは、当初は同計画で最初の有人月面着陸を行うことになっていましたが、地球低軌道でのテスト飛行に変更されたことが2月の時点で発表されていました。
このミッションでは有人月着陸船「HLS(Human Landing System)」として開発が進められているSpaceX(スペースX)の「Starship HLS(スターシップHLS)」と、Blue Origin(ブルーオリジン)の「Blue Moon(ブルームーン)」の両方またはどちらかが打ち上げられ、新型宇宙船「Orion(オリオン、オライオン)」とのランデブーおよびドッキング、各システムや月面用宇宙服「AxEMU」のテストなどが、最大21日間のミッション期間中に行われる予定です。
実質的に最初の月面着陸が先送りされた形ですが、着陸前にテスト飛行を行うことで、成功率を高めるための段階的なアプローチに再編されることになります。

続いて、2028年初頭に実施予定の「Artemis IV(アルテミスIV)」ミッションでは、1972年12月の「Apollo 17(アポロ17号)」以来となる有人月面着陸が行われる予定です。ミッション期間は最大21日間で、着陸目標地点は月の南極付近(南緯84〜90度)。クルーは4名で、月着陸船に搭乗するのはそのうちの2名となります。
月着陸船はStarshipとBlue Moonのどちらかが想定されていて、Starshipの場合は月での活動期間が7日間・船外活動は2〜4回、Blue Moonの場合は月での活動期間が6日間・船外活動は1〜2回が予定されています。
なお、ミッション再編前の月着陸船はArtemis IIIとIVでStarshipを、Artemis VでBlue Moonを使用する予定でしたが、再編後となるライブイベントの時点ではStarshipとBlue Moonのどちらを最初の月面着陸で使用するのかが決まっていません。前述の通りArtemis IIIでは両方、またはどちらかのテストが行われる予定になっており、SpaceXやBlue Origonの開発状況に合わせて選択されることになる見込みです。

また、2月の会見ではさらに次の「Artemis V(アルテミスV)」ミッションも2028年のうちに実施する可能性が示されていましたが、今回のイベントでは半年ごとの有人月面着陸を目指すという新たな方針が明確に打ち出されました。Artemis V以降は最低でも2社の民間プロバイダーを活用して、高頻度な打ち上げと月面着陸が行われる予定です。
SLSロケットの上段に「Centaur V」を採用
Artemis計画でOrion宇宙船の打ち上げを担うNASAの大型ロケット「SLS(Space Launch System)」についても、ミッションの高頻度化に対応するための重要な見直しが行われます。
当初、SLSはArtemis計画の各ミッション実施にあわせて段階的に強化されていくことになっていました。上段(2段目)に「ICPS(Interim Cryogenic Propulsion Stage)」を採用した構成「Block 1」から、上段をより高性能な「EUS(Exploration Upper Stage)」に変更した構成「Block 1B」に移行することでペイロード重量・容積を引き上げる計画だったものの、高頻度なミッションの実施に対応するためにEUSへの移行は行わず、標準化された上段を使用していく方針であることが2月の会見の時点ですでに語られていました。

今回のイベントでは具体的に、ULA(ユナイテッド・ローンチ・アライアンス)の「Vulcan(バルカン)」ロケットでも使用されている「Centaur V(セントールV)」を、SLSの上段として採用することが正式に発表されました。Centaur VはArtemis IVもしくはArtemis Vから使用されることなります。
NASA探査システム開発ミッション局の局長代行を務めるLori Glaze氏によると、Centaur Vへ早期に移行するための精査と並行して、残り1基となったICPSをArtemis IIIとArtemis IVのどちらで使用するかも検討が進められています(※Artemis IIIでは上段を使用せずに打ち上げる可能性もあるため)。
また、SLS上段のEUSへの変更を中止するのにあわせて、Block 1Bの運用に備えて準備が進められていた新たな移動式発射台「ML2(Mobile Launcher 2)」への移行も中止されることになりました。
月面基地構築に向けた3つのフェーズ
月の南極付近で計画されている月面基地の建設についても、より具体的な情報が語られました。NASA月面基地プログラム・エグゼクティブを務めるCarlos Garcia Galan氏によれば、建設は以下の3段階のフェーズで進められる計画です。
●フェーズ1:テスト・学習段階(現在〜2028年)
フェーズ1では月面への高頻度なアクセスと技術実証に焦点が当てられます。
この段階では、民間企業の月着陸船によるCLPS(商業月輸送サービス)が大幅に拡大されます。現在までのところ、CLPSの下での無人月着陸船による月面着陸は1年に1〜2回程度のペースですが、今後は2027年からの3年間で最大30回を目指すとしています。
また、火星ヘリコプターの技術を応用した「Moonfall(ムーンフォール)」と呼ばれる月面ドローンや、宇宙飛行士の移動・物資輸送を担う有人月面探査車「LTV(Lunar Terrain Vehicle)」の初期バージョンも投入される予定です。
さらに、月面の長く過酷な夜を生き延びるためのシステム(放射性同位体を利用した熱電気転換器やヒーターを含む)などのテストを通じて、将来のインフラ構築に向けた知見が蓄積されます。
●フェーズ2:初期インフラの確立(2029年〜2032年)
フェーズ2ではフェーズ1での成果をもとに、宇宙飛行士の定期的な活動を支える初期段階のインフラが整備されます。
この段階ではJAXA(宇宙航空研究開発機構)などが開発する有人与圧ローバーをはじめ、基地建設地には太陽光発電システムや通信塔が配備されるとともに、後の居住モジュール設置に向けて整地を担う土木作業用のローバーなども稼働し始めます。
また、2030年を目指して月面用原子炉「LP-1」の開発を進めることも語られており、太陽光に頼らない電源としてフェーズ2のタイミングで月面基地に配備される見込みです。
●フェーズ3:長期滞在の実現(2033年以降)
フェーズ3では物資輸送用の大型月着陸船(Cargo HLS)も稼働し、より大規模なインフラが月面で構築されるようになります。
この段階ではASI(イタリア宇宙機関)が進める多目的居住モジュール「MPH(Multi-Purpose Habitation)」や、CSA(カナダ宇宙庁)の月面作業車「Lunar Utility Vehicle」などが配備され、宇宙飛行士の長期滞在が可能になります。
さらに、月面資源のその場利用(ISRU)や、3Dプリントによる建設実験、地球へ最大500kgの物資を持ち帰るサンプルリターンなど、本格的な月面基地としての運用がスタートすることになります。

なお、地球と月面の中継拠点となる宇宙ステーションとして建設される予定だったGatewayについては、計画を一時停止(pause)することが語られました。月面のインフラ構築を優先するためとされていて、一部のハードウェアは別の目的に転用することも計画されています。Isaacman長官は再開の可能性にも含みを持たせていますが、その時期や条件について具体的な言及はなく、月面基地への注力にともなう実質的な計画凍結とみられます。
深宇宙探査に向けた原子力利用
今回のイベントでは深宇宙探査に関する発表もありました。
注目は、2028年12月に打ち上げが予定されている、火星へ向かう惑星間宇宙機「SR-1 Freedom」です。SRは「Space Reactor」の略で、20kW級の小型原子炉と電気推進を組み合わせた原子力電気推進(NEP: Nuclear Electric Propulsion)を採用するのが大きな特徴です。


推進剤(燃料と酸化剤)の反応で生じた燃焼ガスを噴射する化学推進と比べて、電気で物質を加速させる電気推進は推力が小さいものの、比推力(※)に優れているという特徴があります。従来の電気推進は太陽電池が電源でしたが、太陽光に依存しない原子炉を電源に採用する原子力電気推進は、太陽から遠く離れた領域でも電気推進を利用できるようになると注目されています。
※…簡単に言えば、推進剤の消費効率。比推力が高いほど、少ない推進剤で大きな速度変化を生み出すことができます。
SR-1 Freedomとそのミッションでは、これまでの資産が活用されます。SR-1 Freedomの推進力を生み出す電気推進システムには、Gateway用に開発されたモジュール「PPE(Power and Propulsion Element)」を転用。火星探査に使用する3機の小型ヘリコプター「Skyfall(スカイフォール)」は、2021年2月に火星へ着陸したNASAの火星探査車「Perseverance(パーシビアランス)」に搭載されていた史上初の火星ヘリコプター「Ingenuity(インジェニュイティ)」と同クラスの機体で、大気圏突入カプセルに収納した状態でSR-1 Freedomが火星まで運びます。


また、早ければ2026年秋に打ち上げられる「Nancy Grace Roman(ナンシー・グレース・ローマン)」宇宙望遠鏡や、2028年打ち上げが予定されている土星の衛星Titan(タイタン)の探査ドローン「Dragonfly(ドラゴンフライ)」とESA(ヨーロッパ宇宙機関)の火星探査車「Rosalind Franklin(ロザリンド・フランクリン)」といったミッションも、宇宙科学におけるアメリカのリーダーシップをさらに強化するもの(つまり、実施していくもの)として言及されています。
地球低軌道におけるプレゼンスの維持
最後は、より身近な地球低軌道での活動について。2026年11月で建設開始から28年となるISS(国際宇宙ステーション)は老朽化が進んでおり、2030年に運用を終える予定ですが、今回のイベントでは低軌道におけるアメリカのプレゼンスを維持するための新たな手法にも言及がありました。
具体的には、アメリカ政府所有のコアモジュールを運用中のISSへ新たに接続。このモジュールに民間企業の商業モジュールを接続してテストを行い、後にコアモジュールごとISSから切り離して独立的に運用するというものです。
従来の計画ではISSから民間の商業宇宙ステーションへ直接移行する予定でしたが、政府所有のモジュールが橋渡し役になることで、移行時に空白期間が生じることを避ける狙いがあります。

2026年4月のArtemis IIミッションに注目
以上のように、今回のIgnitionイベントでは実に多くのアップデートが発表されました。予定通りに進めば、今から2年後にはArtemis IVミッションの有人月面着陸が実施されるはずですし、その後は月の南極付近に建設される月面基地を拠点に、ISSのクルーローテーションとほぼ同じ半年ごとに有人月面探査が続けられていくことになります。
半世紀以上途絶えているアメリカの月への回帰。その新たな一歩となるのが、2026年4月に予定されているArtemis IIミッションです。Orion宇宙船とSLSロケットの有人試験飛行であり、結果が後続のミッションに大きく影響するArtemis II、まずはその成否に注目です。
NASAがアルテミスIIミッションのSLSロケットを再び射点へ 4月の打ち上げに向けて準備進む(2026年3月23日)
文/ソラノサキ 編集/sorae編集部
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