JRT四国放送

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海陽町といえば、きれいな海やサーフィンを思い浮かべる人が多いと思います。

そんな海陽町の海に惹かれ、大阪から移住した22歳の消防士がいます。

彼が見た、海陽町の魅力とは。

(呉屋太洋さん)
「めっちゃ気持ちよかったです、最高です」

呉屋太洋さん22歳。

大阪・豊中市出身の彼は、父の影響で5歳からサーフィンを始めました。

家族で週末のたび、全国各地の海へと出かけ、サーフィンが生活の中心でした。

(呉屋太洋さん)
「サーフィンの魅力は、人とつながれたりとか、スポーツの中で楽しいと思える瞬間がいっぱいあるのが良くて」

そんな彼が海陽町と出会ったのは、8年前。

(呉屋太洋さん)
「中学3年のときに海部の(サーフィンの)ポイントに初めて入って、僕が入っている時に見た波が、人生で一番いい波だった」
「ここで高校3年間過ごしたら、めっちゃいい経験できるだろうなって」

その日見た、トンネルのように巻いた波に衝撃を受け、「この波をくぐれるようになりたい」と海部高校への進学を決めました。

学生時代は波を求め、宍喰海岸や内妻海岸、隣町、高知県の生見海岸などで朝や放課後、サーフィンに明け暮れました。

(呉屋太洋さん)
「高校の時は毎週ここにきてサーフィンして、週3・4回とかじゃないですかね」

サーフィン三昧の日々を過ごす中で、どんどんこの町が好きになりました。

(呉屋太洋さん)
「都会じゃないので娯楽はないけど、僕にあってるんかなと思う」
「(海陽町の海は)良い時、悪い時はもちろんあるけど、良い時がずば抜けていい波」

(呉屋太洋さん)
「お疲れ様です、あけましておめでとうございます」

(サーフィン仲間)
「何しているの?」

(呉屋太洋さん)
「サーフィンしてるとこ、撮ってもらっています」

(サーフィン仲間)
「テレビ出るの?」

(呉屋太洋さん)
「そうなんですよ」

(サーフィン仲間)
「頑張れ」

(呉屋太洋さん)
「頑張ります」

(呉屋太洋さん)
「海陽町だと、海に入ったら知っている人がいて挨拶して、きょういい波ですねとか、コミュニケーションがとれる」

卒業後は3年間過ごした海陽町を離れ、宮崎県の短大に進学しましたが、2024年に幼いころからの夢だった消防士として、ふたたびこの町に帰ってきました。

(呉屋太洋さん)
「海が近いっていうのが決め手になったところ、ずっとサーフィンをしたいなって」

夢を叶えるのは、大好きな海がある場所で。

消防学校や各部署での研修を経て、2025年4月に海南消防署での勤務が始まりました。

(海部消防組合 海南消防署・森田充浩 副署長)
「明るくて素直で元気で、何事にも一生懸命取り組んでいる姿勢には好感を持てます」
「本人、サーフィンが好きということで、夢ではないけど、そういう環境を探して高校の時から来るのはすごいなと思う」

(呉屋太洋さん)
「みなさん優しく教えてくれて、のびのびといろんなことを吸収できる環境だと思います」
「期待に応えられるように、これからも頑張りたい」

まだまだ分からないことも多いと言いますが、休みの日にも訓練に自主的に参加するなど、一日でも早く一人前の消防士となれるよう奮闘中です。

(呉屋太洋さん)
「救急・救助・火災とあるが、それぞれ深くて勉強したらその分人を助けられる」

そんな呉屋さん、ここ海陽町を選んだのには、サーフィン以外にも大きな理由がありました。

(呉屋太洋さん)
「この町の雰囲気とか、お世話になった人に恩返ししたいっていう気持ちがあって」

(呉屋太洋さん)
「こんばんは、お世話になります、お久しぶりです」

(笠原まりさん)
「いらっしゃい」

温かく迎えてくれたのは笠原まりさん。

呉屋さんが高校1年生の時、下宿させてもらっていたお宅のお母さんです。

(呉屋太洋さん)
「懐かしい」

(笠原まりさん)
「覚えとる?」

(呉屋太洋さん)
「覚えています」

(笠原まりさん)
「朝ごはんに」

(呉屋太洋さん)
「よく並んでいました」

朝・夜のご飯や、けがの手当てなど、高校生活をいろいろな面で支えてくれた、一番お世話になった人です。

(呉屋太洋さん)
「まりさんは、お母さんですね」

(笠原まりさん)
「お母さんというか、おばあちゃんというか」

(呉屋太洋さん)
「みんなのお母さん」

(笠原まりさん)
「誰とでも仲良くできるってところが優秀、ちょっと天然なところもあるけど」

卒業後も連絡をとっていたという2人ですが、呉屋さんが消防士としてこの町に帰ってくると聞いた時の気持ちは?

(笠原まりさん)
「夢実現したんやなと思って、私も感激です」
「海陽町にいるうちは、町の波とか自然とか楽しんでもらって、生活エンジョイしてもらったらいいかなと」

(呉屋太洋さん)
「海陽町は小さいので、人と人がいっぱい知り合いがおって助けてもらう、やさしいですね、みんな」
「お世話になった人がいなかったら(消防士として)来てなかったかもしれないので」
「まりさんも含め、いろんな方の存在は大きい」

海に惹かれ、16歳で海陽町を訪れた呉屋さん。

もう一度この町に戻って来た理由は人々の温かさ、恩返しをしたいと思う人たちの存在です。

そんな町でこれからの目標は?

(呉屋太洋さん)
「消防士としては、まだまだ経験していないことが多いので、町民のみなさんに安心してもらえるような、命を助けることができるような消防士を目指したい」

もちろん、サーフィンも。

(呉屋太洋さん)
「今年いい波いっぱい乗ったなとか、思えるような一年にしたい」

呉屋さんにとって海陽町は?

(呉屋太洋さん)
「第2の故郷になったと思う」
「これからも、ゆっくりこの町で暮らしていきたいです」

すっかり町の景色に溶け込んだ、若き波乗り消防士。

波と人に魅せられたこの町で、これからも生きていきます。