Jリーグだけで決めていたら観客は戻ってこなかった…異例の「サッカーと野球の合同会議」が実現したワケ

■きっかけはジャイアンツオーナーの視察だった
――もうすぐJリーグも新しいシーズンが始まります。ウィズ・コロナが定着し、さまざまな制限がないJリーグが戻ってきそうですね。
【村井】結局、3年以上かかったわけですが、ここまでの道のりは、NPB(日本野球機構)さんとの連絡会議を抜きには語れません。JリーグだけでやってもNPBだけでやっても、きっとうまくいかなかった。2年弱の間に40回を数えた連絡会議でわれわれは実にさまざまなことを話し合い、そして決断してきました。
――連絡会議の発足はどのような経緯ですか。
【村井】あれはコロナ発生前、Jリーグが2019年シーズンの終盤に差しかかった頃でした。読売ジャイアンツのオーナーで読売新聞グループ本社の社長でもある山口寿一さんが「V・ファーレン長崎を視察したい」と言ってこられました。

「ジャイアンツといえば東京」と思っていた私は「なんで長崎なんだろう」と思いましたが、「ジャイアンツの経営を全国規模で考えた時、地域とのつながり、絆の作り方をJリーグから学びたい」というご意向と聞きました。「巨大な全国紙の社長というのはすごいものだな」と感心していました。ぜひ一度、シーズンが終わったら直接お会いして感想を伺いたいと翌年の2月27日にお会いする約束を取り付けていたのです。
■Jリーグの考え方を説明したら「一緒にやりましょう」
――年が明けると日本でも新型コロナの感染拡大が始まります。
【村井】そうです。それでJリーグは、2月25日に第2節以降の中断を決定するわけです。その時、川淵三郎キャプテンから「スポーツ界で一番最初に中断を決めたのだからNPB、相撲協会、Bリーグといった他の競技の団体に一言、伝えておいたほうがいい」とアドバイスをいただき、NPBと連絡を取ったところ、2日後に山口さんとのアポイントが入っていることに気がつきました。
それで予定通り27日に読売新聞の本社を訪ねて「Jリーグはこういう考え方で中断の意思決定をしました」と直接ご説明したところ、山口さんのほうから「情報交換をして一緒に対策をやりませんか」とお誘いがあり、「ぜひやりましょう」と二つ返事で合意しました。
■なぜ雲散霧消することなく40回も続いたのか
――週末を跨(また)いで4日後の3月2日にはJリーグとNPBで記者会見を開いています。
【村井】もうドタバタの中でのスタートですよね。ただこの時、拘(こだわ)ったのは連絡会議の「座組み」です。何としても専門家の力が必要だと思いましたし、JリーグとNPBだけの内輪の話し合いにしたくもありませんでした。NPB側からのアドバイスをもとに、感染症の専門家である東北大学名誉教授の賀来満夫先生に座長をお願いし、他に2人の先生に加わってもらって専門家チームを作りました。疫学、統計調査の専門家や地域アドバイザーの先生がたにも参加してもらいました。
この専門家チームのアドバイスを指針にJリーグ、プロ野球双方で知見を共有し、それぞれが対策を決めるスタイルにしたことが、会が雲散霧消せず40回も続いた理由だと思います。
オンラインとはいえ、これだけの人たちを2週間に1回集めるというのもなかなかのチャレンジでした。JリーグとNPBが持ち回りで議長をやり、朝9時から1時間が事務局の打ち合わせ、10時から本会議、11時半から記者会見という取り決めをして、結局これを40回続けました。2週間で「P(計画)D(実行)M(失敗)C(チェック)A(修正)」のサイクルを回すわけです。
■感染予防から情報開示、トレーニングのやり方まで
【村井】もう一つ拘ったのは、決まったことをプロセスも含めて逐一、世間に発表することです。大きなことを決めていなくても2週間に一度、必ず記者会見を開く。そうすることで連絡会議が天日干しになりますし、専門家の知見を社会と共有できます。
われわれはJリーグのため、NPBのためにこの連絡会議をやっていたわけではなく、コロナ対策という世の中の大きな関心事について、われわれがハブになって成果を社会に還元する。そうすると社会のほうから「もっとこういうことを知りたい」というフィードバックがあり、それをわれわれが専門家と議論して結果をお返しする。そういうサイクルになっていきました。
――連絡会議では、具体的にどんなことが決まっていったのですか。
【村井】まず、選手やチームを感染から守るための「感染予防と対処」について詳細にとりまとめています。また感染者が出たときの「情報開示」のあり方、実際の感染状況に応じた「クラブの活動段階と定期検査」について。また自宅での個人トレーニングから集団トレーニングまでを8段階に分けた「サッカートレーニング」の詳細も議論しています。
また試合における「チームの移動、宿泊」のあり方、「無観客での試合開催」はどのような状況か、「制限付き試合開催」の内容も詳細に議論しています。2021年には、オンサイトの検査方式を決めました。いずれも、ガイドラインにまとめ逐一公開してきました。
■声だしはNG、太鼓はOK、ビッグフラッグはNG…
こうしたガイドラインに基づきながら、まずは上限5000人、観客同士が一定の距離をとる制限付きで有観客試合を実施してきました。当初は太鼓やフラッグも禁止していましたが、声出し応援はNGだけど、太鼓を叩いてもウイルスは広がらないから、太鼓はOKにする。ゲートフラッグを振るのもOKだけど、何百人もの観客が下に潜(もぐ)ってスタンド全体を覆う「ビッグフラッグ」は感染の恐れがあるからNGとする、といった具合に細かくルールは見直してきました。
先端的なところでは、産業技術総合研究所(産総研)さんの協力を受け、AI(人工知能)付きカメラで5000人規模のマスク着用率を測定する、なんてこともやりました。入場時はほぼ全員がキチンとマスクを着けているのですが、ハーフタイムになると飲んだり食べたりするので15%くらいがマスクを外したり、「あごマスク」になる。そこでハーフタイムに「食べ終わったらキチンとマスクで鼻と口を覆ってください」とアナウンスをすることでマスク着用率を改善していくのです。
レーザーレーダーで会場の人の動きを測定し、どうやったら人と人が近づかない形で入退場できるかを考え、分散入場、分散退場の効果的なやり方が分かったりもしました。
■観客が試合後、どこへ向かうのかも追跡した
有観客で試合をするときには「スタジアムで厳しく対策しても、観客が試合後に夜の街に繰り出したら元も子もなくなる」という指摘がありました。そこで携帯電話会社の協力を仰ぎ、個人情報には触れない形でスタジアムを出た人たちがどこへ向かうかGPSを分析して追跡しました。
するとその試合では65%は直接、帰宅していましたが、一定の数の人が一定の時間、繁華街に止まっていました。しかしさらに調べると、繁華街に行くグループの人数が例えば4人ひと組だったとすると、その4人は食事が終わると同じ場所に戻っていた。つまり家族で食事をしていたわけで、専門家チームは「感染対策をした店で家族が食事をするだけなら感染拡大にはつながらない」と判断しました。このようにさまざまな技術を駆使して感染対策を講じていたのです。
すべて試みは、やってみて2週間後にレビューして、不具合があればその都度、直す。これを2年近く繰り返し、うまくいったことについてはこちら側から世の中に「提言」していく。産総研さんはこうした実験と検証で得たエビデンスを論文にして社会の公共財にしてくれています。日本を代表するプロスポーツであるNPBとJリーグが組んだことで、得られる知見の幅や社会へのインパクトが大きくなりました。
■外部の人をどんどん取り入れるのが成長の鍵
――日本で「○○協会」というと、どこか閉鎖的で、外の目が入ることを嫌がる傾向があるように思います。その意味で、サッカーと野球の境界線を取り払い、そこに外部の専門家を入れた連絡会議は、大きな挑戦だったと思います。
【村井】そうですね。Jリーグを含めて「○○協会」の人々は自分たちが「○○」の専門家であると思っているから、自分たちの中にある知見で物事を解決しようとする感性が無意識のうちに働いているのかもしれませんね。
しかしJリーグ一つとっても、コロナ対策に限らず環境問題だったり、アスリートのメンタル、フィジカルにつながる心理学や医学だったり栄養学だったり、外部の専門家の知見を総結集しなければレベルアップできません。そういった仕組みや仕掛けをどう作っていくかが、Jリーグの成長の鍵になるかもしれませんね。

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大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。
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(ジャーナリスト 大西 康之)
