虐待を繰り返していたような親でも、子供であれば老後の面倒をみなければいけないのか。ノンフィクション作家の菅野久美子さんは「そんなことはない。老親を施設に預けたあと、家族の代わりに最期まで施設とのやり取りを代行してくれる業者もある。一人で苦しまないでほしい」という――。
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■介護施設にいる母から「呪いの手紙」を送られてくる

「家族じまい」として親を捨てたい人たちがいる。

私もその一人。3歳から母親に強制的にピアノを習わされ、理不尽な暴力、ネグレクトに苦しめられてきた、今振り返れば「教育虐待」の当事者だった。

そのため、近著『家族遺棄社会』では、「家族じまい」と称されるような日本を取り巻く親子の現状について取材した。

取材を通じて最も深刻だと感じたのは、就職や進学、結婚などで一度は親から離れたと思ってもそれはつかの間の安息であるということだ。親に苦しめられた人は、介護から親の死までのラストランで、ふたたび地獄を見ることになる。介護施設や病院とのやり取り、葬儀や相続などの死後の手続き……。これも親子関係が悪いほど疲弊することになる。

他方で、核家族化が進む現代において、多くの子供は親とは同居していない。親と別居しているのに、親の介護が苦しい。なぜそんなことになってしまうのか。

『家族遺棄社会』の中で取材したAさん(50代・女性)は、まさにそのケースだった。Aさんは、母親の暴力や暴言、ネグレクトによって苦しめられた幼少期を過ごし、現在もその後遺症で摂食障害を患っている。

Aさんの母親は、現在秋田の介護施設に入所していて、関東在住のAさんとは物理的に距離も離れている。しかし、それでもAさんにとって、母親の存在はとてつもない重荷だった。Aさんのもとには毎月、介護施設の請求書と共に、母親の手紙や写真が送られてくる。Aさんは心の中で、「呪いの手紙」と呼んでいる。

■ケアマネジャーには「お母さん、娘さんが自慢なんですよ」と言われ…

「こんな犬や猫も着ない服なんか送ってきて。自分のことを乞食かと思うこともあります」

母親が毎月送ってくる手紙には、毎回送ってほしいものが書かれているが、母親が希望するパジャマやインナーなどを送っても、感謝の言葉一つなく、前述の呪詛(じゅそ)のような言葉を手紙で投げつけてくる。

さらに、母親は施設でトラブルを起こし、施設を転々として、その度に新しい施設探しに追われた。Aさんは看護師として介護施設に勤めているので、高齢者の対応は慣れている。それでも母親の存在は重くのしかかってきた。

担当のケアマネジャーにこれまでの事情を相談しても「お母さん、娘さんが自慢なんですよ」とにべもなく返される。一人っ子であるAさんの苦しみに寄り添ってくれる人はいない。それがつらい。孤立したAさんは、介護施設から連絡があると、一日気分が落ち込み、動悸(どうき)がして、仕事が手につかないこともあった。

そんな中、コロナ禍となり介護施設からの呼び出しもなくなり、Aさんはつかの間の安息を得たという。Aさんの母親は昨年末に肺炎で亡くなったが、心の底からホッとしていると胸の内を語ってくれた。

「私は看護師ということもあり、介護施設とのやり取りや、母が亡くなった後の葬儀の手配など、何とか自力でできました。でも普通の人なら、心が折れていたと思う。もし第三者の方がサポートしてくださるなら、それはとても助かる。これからの時代、私のように親と関わりたくないという人は増えてくると思う。だけど、現実問題として親子の縁はなかなか切れない。でも、やりたくないことは親子でもやらないほうがいい」

Aさんの言葉が私の胸に響く。遠方でも、物理的に距離が離れていても、親との関係の苦しさは変わらない。

■介護施設に入居したときの第一連絡先を引き受けてくれる

家族関係の取材を続ける中で、介護から納骨までを一手に引き受ける「一般社団法人LMN」代表の遠藤英樹さんに出会った。

LMNは一種の「家族代行業」として、親の最後の「後始末」を手掛けている数少ない民間の終活団体である。LMNのサービスをわかりやすく言い換えれば、子供に代わって親の最期までを請け負うエンディング版の家族代行業だ。

ホームページによると、料金は、例えば82歳の親の介護施設入居から葬儀までサポートしてもらう場合97万円。もちろん、介護施設の月々の費用などは別になる。

サービスの一番のポイントは、LMNが介護施設の入所者の第一連絡人になっているという点である。身元保証人になるのは家族だが、本人の最期はLMNに任せることができる。つまり本人と家族との関わりを絶つことができるというわけだ。

■「煩わしい親の後始末をお金で解決したい」という人が増えている

遠藤さんはそのメリットをこう語る。

「介護施設に親を入れたらもう大丈夫と子供は思いがちですが、それは落とし穴です。むしろ元気な頃よりも事務連絡などが多くなると思ったほうがいいくらい。さらに毒親であれば施設でトラブルを起こすケースもよくあるのです。その度に新たな施設を探すことになったりして、子供は苦しみ、悪循環のスパイラルに陥っていく。認知症になったら、『こんな施設にいれやがって!』『もっと高い施設に入れろ』などと、ますます親の無理難題や暴言に苦しめられるというケースもある。われわれは、そんな煩わしい事務連絡やトラブル対応を一手に引き受けているのです」

まさに、先ほど紹介したAさんのような人たちに、LMNの存在は必要なのだ。

煩わしい親の後始末をお金で解決したい――今、LMNにはそんな相談が急増しているという。

「われわれへの相談件数が、2020年には月5件程度だったものが、今は月25件と急増しました。この1年で5倍に増えたんです」

■「身内の孤独死は恥」という意識も薄れてきた

私の取材現場においても、長年疎遠だった親の遺体の引き取りを子供が拒否するという事例に遭遇することが増えた。かつては「どんな親であっても、最後に葬儀ぐらいはあげる」という規範意識が強かった。だが、それも急速に弱まりつつあるのだろう。

また身内で孤独死が起こると、かつては「恥」とされて、隠されることがほとんどだったが、今は、「あそこで死んでたみたいです」などと、平然と口にされるようになった。また、警察などから突然連絡があり、会ったこともない叔父や叔母の葬儀を任され、戸惑う人たちもこれまで以上に増えているという実感がある。

無縁社会は音も立てずにひたひたと日本社会に押し寄せていて、それは親子関係においても例外ではなく、カネの切れ目が縁の切れ目となる。

遠藤さんによると、LMNに寄せられる相談の多くが親の介護に悩む40〜50代の女性たちだという。この数字は、女性がまだ介護の担い手としての役割が大きいという現状を表している。

■「親の面倒は子供が必ずみるべき」という固定観念を払拭したい

遠藤さんがこのビジネスを始めたのは、5年前だ。当時は身寄りがなく、比較的裕福なおひとりさまの高齢者を対象にした「終活サポート」を行っていた。しかし、事業を始めてみると、相談者の多くは本人ではなく、親族との関係に苦しんでいる子供たちだった。そのため遠藤さんは、彼らのサポートにまい進することになった。

「先日携わったのは、親の介護から納骨まですべてわれわれにお任せというケースでした。子供が来たのは、介護施設の事務手続きだけ。親が亡くなっても子供は姿を現さなかったので、亡くなったことだけは確認してもらいましたが、葬儀から火葬まで全てを私たちで代行したんです。われわれはそれぞれの親を捨てたいという子供の事情を深く聞くことはしないのですが、推察するにこの方は、いわゆる『毒親』のケースだったと思います」

それでもまだいいほうだ。子供とはメールのやり取りだけで、介護から納骨まで代行し、あっさりと完結するということもある。

「完全に親を捨てたいという人もいますが、介護から一時的に離れたいという人も多いんです。あと、自分や子供との生活で手いっぱいだったり、本人が病気で親の面倒をみられないというケースもある。子供には子供の「親をみられない事情」もあるんですよ。われわれは、親の面倒は子供が必ずみるべきという固定観念を払拭(ふっしょく)したいと思っています」

■親から迷惑をかけられたなら、後始末を誰かに任せてもいい

親の死後も安泰ではない。葬儀、お墓はどうするのか、納骨はどこに行うのか。また、実家の遺品整理など、片づけなければならない問題が山積しているのだ。

例えば遠藤さんは、親と遺恨があり、親の納骨には行きたくないという子供の要望を受け止める。そして、先祖代々の菩提(ぼだい)寺と3時間にわたって交渉を重ねることもある。「なんで子供が来ないんだ」と怒鳴る住職との仲裁に入り、納得してもらうまで話し合う。希望すれば、墓じまいのサポートも行う。

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「自分たちが間に入ることで、子供の側にはそういった心労をなるべく減らして、最後に親が亡くなったときに『あぁよかった』という気持ちになってもらいたいと思っています。だから、私たちのような第三者の存在が必要とされるのでしょう。親から迷惑をかけられたとか、暴力を受けたんだったら、その後始末を誰かに任せてもいい。親はその前段階を放棄したわけだから、それがツケとして返ってきているだけ。だけど、日本の行政とか世間の倫理感は血をすごく大事にする。そのあつれきで、子供は苦しい。それなら私たちはその負担を減らすために働けばいいと思っています」

そう語る遠藤さんの言葉に、高齢の親を持ち、虐待の当事者である私自身、深く救われた気がした。

■血縁というだけで全ての負担を負わせられる

家族を取り巻く環境を巡っては、少しずつではあるが、世間の認知も変わりつつある。最近では、週刊誌やマスメディアでも相次いで「家族じまい」「親を捨てたい人」「毒親」などの特集が組まれるなど、親と子を巡る世間のまなざしも変化の兆しがある。1997年に『日本一醜い親への手紙』という本が出版されベストセラーとなったが、当時まだ未成年だった私は、この本だけを唯一の心の支えに生きるしかなかった。毒親問題とは、まさに私にとって自分事である。

菅野久美子『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)

国立青少年教育振興機構が2014年9〜11月、日米中韓各国の生徒計7761人に対して行った調査によると、「親が高齢となり、世話をすることになった場合どうするか」との質問に「自分でしたい」と答えたのは日本は37.9%で4カ国中最低だった。

この数字は、日本社会の過酷な現実を雄弁に物語っている。

私が長年取材している孤独死においても、疎遠だった親が孤独死し、その高額な特殊清掃費用や葬儀費用を子供が泣く泣く負担せざるをえないというケースに多々遭遇している。以前に行き場のない漂流遺骨の取材をしたことがあるが、その中には長年疎遠だった親の遺骨を押しつけられ、当惑している子供の声も多く聞いた。

血縁というだけで、全ての負担を負わせられる。そして、その胸の内を誰も理解してくれない。

そこには家族が形骸化した現代においても、旧態依然の血縁関係が非常に重視される日本のいびつな社会構造がある。遠藤さんらの草の根的な活動の輪が広がることによって、私のような親子関係に苦しむ人が少しでも減ればと感じてやまない。

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菅野 久美子(かんの・くみこ)
ノンフィクション作家
1982年、宮崎県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。出版社で編集者を経てフリーライターに。著書に、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)、『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)などがある。また、東洋経済オンラインや現代ビジネスなどのweb媒体で、生きづらさや男女の性に関する記事を多数執筆している。
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(ノンフィクション作家 菅野 久美子)