コロナで終止符?「賃貸」VS「持ち家」のくだらない論争

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新型コロナウイルスの感染拡大によって景気後退が叫ばれ、先行き不透明感が増すなか、日本経済はどうなるか、不動産はどう動くのかに注目が集まっている。本連載は、多くの現場に立ち会ってきた「不動産のプロ」である牧野知弘氏の著書『不動産で知る日本のこれから』(祥伝社新書)より一部を抜粋し、不動産を通して日本経済を知るヒントをお届けします。

家を買うことは「危ない投資」なのか?

賃貸住宅に住んで家賃を払い続けるくらいならば、同じくらいのお金を払って住宅を「所有」したほうが良い。いつのころからこんな議論が、日本人の間で交わされるようになったのだろうか。

戦後、日本は高度成長の波に乗って経済大国への道をひた走ることになるが、躍進を支えたのが地方から東京、大阪、名古屋の3大都市圏に流入してきた大量の若者だった。

地方出身の彼ら彼女らは、都市部の学校を出て都会で就職し、家庭を築き、そのまま親が住む地方に戻ることがなかった。彼らが都市部で家を持とうとしたのは、地方では「家を持つことがあたりまえだった」からである。実は戦前は、都市部の人間はほとんどが借家暮らしで、家を持つという発想はそもそも希薄だったのだ。

つまり、地方の常識が、東京などの大都市での持ち家の需要を大幅に高めたのである。

1つのエリアに大量の人々が押し寄せて家を求めたことから地価は上昇し、彼らが買った戸建てやマンションは値上がりした。家を持てば資産になる、それを「住宅神話」と呼んだのだ。

でも、この理屈はもうとっくの昔に成り立たなくなっていることについて、多くの人が気づいているはずなのに、それでも家を買おうとするのが、「家賃を払うのはもったいないから買ったほうがトク」という議論である。

そこで、家を買って儲かるかという、「不動産投資」の観点から家の購入を考えてみることにしよう。家を買うのに多くの人は住宅ローンを利用する。今では最長で35年もの長期ローンを、頭金ゼロでも借りることができる。

家賃は生活をするためのコストである。

しかし、35年もの債務を負って家を買う、というのは投資の観点から見たら「実に危ない投資」と言わざるをえない。なぜなら、この債務の支払い原資は、債務者(自分)の給料債権のみであり、家という「資産」が稼ぐ収益に基づくものではないからだ。これは通常の不動産投資と決定的に異なる点だ。

投資の基本は運用益が得られるかどうか

昔のように多くの会社が「終身雇用」を謳い、どんな人でもまじめに働きさえすれば給料は年齢とともに上昇するのであればよいが、今の時代、そんなことを保証できる会社はきわめて少数だ。それは、東芝やシャープが一時経営難に陥った事例などを見るまでもないだろう。

住宅ローンの債務者は、家自体を「生活する」という消費のためだけに使うので、債務の支払いを給与という自らの働きに依存せざるをえない。しかもこの債務は35年などという長期債務だ。その期間中債務者が元気に働ける保証はなく、また今以上の給与を稼ぐという保証すらどこにもないのだ。

こうなると夫婦共働きで「なんとか返します」などというのは、正気の沙汰とは思えない。この夫婦が健康でしかも「仲良く」あり続けることの困難さを棚上げしているとしか思えないからだ。投資の観点から見れば、実に危なく馬鹿げた投資ということになる。

それでも3年我慢して返済を続けた先に手元に残る家=資産が、輝かしいものであれば投資は成功である。

では、自身が買った戸建てやマンションの35年後の姿を想像してみよう。想像が難しければ、現在築35年の戸建てやマンションを見学してみればよい。一部のビンテージマンションなどを除いて、多くの建物は「古ぼけた」「ぱっとしない」物件として目の前に鎮座していることであろう。これらの物件にどれほどの価値があるというのだろうか。

投資の基本は、買った資産からどのくらいの「運用益」が得られるかと、最後に売却した(これを「出口」という)場合にどのくらいの「売却益」が出るか、この総和が買った時の値段(投資額)に比べて高いか安いかで成否が決まる。

ところが家は自分が住む限りにおいては「運用益」はなく、出口での「売却益」のみが頼りだ。

家賃は生活をするためのコストに過ぎない

家は経年とともに劣化していく。早く売却しなければ価値はどんどん落ちていく、これが投資の鉄則だ。マンションなどに投資する投資家のスタンスは基本5年以内であるのはこのためだ。

そして彼らは購入するために全額をローンなどでは調達しない。危ないからだ。運用期間中の不動産価格の変動に備えて、彼らの投資における負債(ローン)の割合は半分以下であることが基本だ。それに比べて、せいぜい10%程度の頭金しか用意しない住宅ローンの危うさがわかるはずだ。

さらにこれが自宅だと5年おきに住み替えなければならない。ご苦労なことだし、付き合わされる家族はまことに気の毒だ。いっぽう運用もしていない家を35年も持ち続けて売って利益を出そうというのは、壮絶な「博打」を行なっているのに等しい行為なのだ。

長期の住宅ローンを組んでまでも家を買いたい人は、その家が「絶対に欲しい」、そしてそのためのお金なら「どんな苦労をしてもかまわない」、と断言できる場合に限るべきだ。

賃貸住宅に住み、家賃を支払い続けることは、なにも「もったいない」という話ではない。家賃はあくまでも生活をするためのコストであるからだ。単身のときは、狭い部屋でもよいだろう。結婚して家族が増えれば少し大きな家に住めばよい、子供が卒業したら夫婦だけが暮らせる小さな家に借り換えればよいだけの話だ。子供なんかはすぐに大きくなるものだ。適当な時期で追い出せばよい。

こう考えれば、大博打である家の「購入」に拘らずに、生活するためのコストとして家賃を喜んで払うほうが、はるかにリスクの少ない生き方ができるというものだ。その割にきわめて多くの人が、いまだ家の購入という大博打を打っているようにしか私には見えない。

昔は家族向けの賃貸住宅がない、だから家を買わざるをえない、などとわかったようなことを言われた。でも安心してよい。3大都市圏に、高度成長期には地方からやってきた人々が購入した戸建てやマンションが大量に存在する。この人たちの多くが東京五輪後は後期高齢者になる。相続が生じる結果、大量の家族向け賃貸住宅がマーケットに供給される日も近い。

むりやり購入して一生分の稼ぎをせっせと「価値が落ちていく」家に払い込み続けることと、家なんて生活するためのコストと割りきって、住宅ローンで借りるはずだった金額を借りて別の投資用案件(不動産に限らずいろいろな投資用商品が世の中には溢れている)に投資をしたほうが、はるかに豊かな人生を送ることができるようになることに、やがて多くの人が気づく日がやってくるのである。

牧野 知弘

オラガ総研 代表取締役