「マイクロソフトを退いたビル・ゲイツには、その「天才の頭脳」を待っている世界がある」の写真・リンク付きの記事はこちら

マイクロソフトの共同創業者であるビル・ゲイツが3月13日(米国時間)、マイクロソフトの取締役を退任した。退任の理由についてゲイツはLinkedInの短い投稿で説明しており、長年の友人であるウォーレン・バフェットが率いるバークシャー・ハサウェイの取締役も退任することを明らかにしている。

なぜ両社の取締役を退任するのか。ゲイツは次のように記している。「社会貢献活動にもっと多くの時間を割くためです。世界の医療・保健、開発、教育といった分野を重視しています。気候変動問題にも積極的に取り組んでいきたいと考えています」。ちょうど新型コロナウイルス対策にも積極的に関与していくことを発表した直後であり、これ以上ないタイミングだったと言えよう。

マイクロソフトは現在、最高経営責任者(CEO)のサティア・ナデラの下で好調な業績を上げている。企業価値はゲイツ時代には及びもつかなかった1兆ドル規模に達している。しかし、共同創業者であるゲイツが取締役を退任すれば、マイクロソフトはそれまでとはどこか違ってしまうのではないか。少なくとも、何らかの“欠落感”が生まれることは間違いない。

社会貢献活動に惹かれていったゲイツ

ゲイツが2008年、マイクロソフトの経営の第一線から退いたことは確かである。しかし、それ以後も自分が創業した巨大企業に積極的にかかわり、情熱を注いできた。マイクロソフトの取締役のなかに、ゲイツほど存在が重い生え抜きの人物はいない(ゲイツはマイクロソフトの株式の1.3%を現在も保有しており、その価値は約160億ドルに達する)。

ゲイツはこの20年間、社会貢献活動に惹かれるようになっていた。今回の動きは、そうした流れがひとつの頂点に達したとも捉えられる。

2000年にマイクロソフトの社屋に呼び出されたときのことだ。表向きの理由は、マイクロソフトの製品展望について記者を集めて会見するので、出席してほしいという話だった。ところが、取材陣が案内されたのはあるテレビスタジオで、ゲイツがCEOの地位を長年の補佐役であるスティーヴ・バルマーに譲るというサプライズ発表がなされた。

しかし、ゲイツは会長職にとどまるということで、「チーフ・ソフトウェア・アーキテクト」という職位を自ら創設してそれに就いた。当時は「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」を通じてゲイツが社会貢献への関心を高めつつある時期だった。ビル&メリンダ・ゲイツ財団はゲイツ夫妻の慈善活動から発展的に生まれた組織で、ゲイツはそこに資産の大部分を投じると発表した(ゲイツは当時の世界長者番付で1位だったので、金額は莫大なものとなった)。

困難に屈しない姿勢

その8年後、ゲイツはマイクロソフトでのフルタイムの職を辞し、財団にさらに多くの時間を割くようになった。これは突然の発表ではなく、数カ月前から予告があった。

異動の間際に取材したところ、マイクロソフトの第一線を退くことは難しい選択だったと認めながらも、社会貢献活動は非常に充実しており、ソフトウェア開発と同じくらいに情熱を注ぎ、「オタク的」な発想で問題解決に取り組んでいくと語っていた。

そして2014年、ゲイツはさらにもう一歩、かつて自分のすべてだったマイクロソフトから遠ざかった。会長職を辞し、取締役に籍を置くだけになったのだ。

この数十年のうちに、世間がゲイツに対して抱くイメージは変わった。1990年代、マイクロソフトは米司法省に独占禁止法違反で提訴され敗れたが、当時のゲイツは高慢で横暴な人物と見られていた。そうした人物像が薄れてきたのだ。

ゲイツの困難に屈しない姿勢は相変わらずだ。ポリオ、貧困、海面上昇との戦いは、スティーブ・ジョブズ、ソニー、デヴィッド・ボイス(米司法省が雇った凄腕の弁護士)との戦いよりも楽ではないように思える。しかしゲイツは、こうした課題にユーモアと謙虚さをもって取り組んでいる。マイクロソフトを代表する立場で発言していたときには、決して見せなかった姿だ。

世界がゲイツの頭脳を待っている

ゲイツはLinkedInの投稿で、今後もマイクロソフトには顧問や相談役としてかかわっていくと述べている。そう書くときのゲイツは、生き生きとしている。しかしゲイツは、今年後半には65歳になる。普通なら世の習いとして引退を考える年齢だ。

しかしゲイツは、そんな道は選ばない。昨年放送されたNetflixのドキュメンタリー「天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する」を観た人なら知っていると思うが、ゲイツは世界の医療・保健問題に取り組むことに決めている。かつてロータスやネットスケープといったライヴァル企業を打倒したときと同じエネルギーで、環境保護から無水トイレの開発まで、さまざまなことを推し進めるつもりなのだ。

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ビル&メリンダ・ゲイツ財団で取り組んでいる課題のほうが、ソフトウェアをどうこうすることよりも重要だ──。2008年にマイクロソフトのソフトウェア・アーキテクトの職を辞したとき、ゲイツはわたしにそう語ってくれた。

ゲイツは具体例を出しながら、それを説明してくれた。マラリアのワクチンが2系統あって、どちらを支援するか決めなければならない。「どちらを選ぶか。正しいほうを選べば、救える人数に数百万の差が出てきます」と、ゲイツは語った。「マイクロソフトでは意思決定をするといっても、こうした質のものではありませんでした」

これからはマイクロソフトの意思決定にかかわる機会も、さらに減っていくだろう。「天才の頭」を待っている仕事が、ほかにたくさんあるのだから。

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