派閥があって党がなく、党の政策といっても何か明確なまとまりがあるわけでもない。そのような日本の伝統的な政党のあり方を嫌って、小沢氏は政治改革への道を歩み出しました。小沢氏が改革のモデルとしたのが、イギリスの政党政治であり、「責任ある政党」という理念でした。単なる議員のネットワークではなく、しっかりとした党の政策と、それを実現するための組織をもつ政党――これこそが小沢氏の目指したものであったはずです。

 そうだとすれば、小沢氏が今回、党議拘束を否定したことの意味を、どのように理解すればいいのでしょうか。民主党内の多数派工作に失敗し、党内世論を消費増税反対でまとめあげることに失敗した以上、党を割って新党を発足させたこと自体には矛盾はないかもしれません。党は政策的一体性に基づくものであり、もっとも本質的な政策的方向性を同じくできないなら、別の政党を作るしかない、というわけです。

●英国政治の理念と決別?
 とはいえ、その新党においても党議拘束を設けないとなると、そこには何か、小沢氏のトラウマとでもいうべきものを感じてしまいます。小沢氏によれば、党議拘束よりは、議員の「信義」に期待するということです。しかし、議員の「信義」だけで、はたして政党をまとめていくことができるのか、定かではありません。

 あるいは、小沢氏にしてみれば、党議拘束などという形式的な制度ではなく、あくまで党員間で議論をつくし、1つの結論へと至るという、そのプロセスが大切だということなのかもしれません。そうだとすれば、党内民主主義のより徹底ということで、理解できなくはありません。

 しかしながら、党議拘束を根底から否定した場合、党を外から枠づける最終的な保証がなくなります。そうだとすれば、小沢氏が志向するのは、強固な一体性をもつ「責任ある政党」というよりは、個別的な議員の同志的結合となります。どこかで小沢氏は、自らの英国政治の理念と決別したのかもしれません。

 小沢氏は、田中角栄の派閥政治の直系という意味で、自民党のもっとも古い体質を受け継ぎながら、そのもっとも激しい批判者でもあったというように、つねに矛盾と両義性の政治家でした。今回、日本の伝統的な政党モデルを否定したはずの小沢氏は、新しい英国型の政党も否定してしまいました。新たな政党イメージをめぐって小沢氏が見せた葛藤と矛盾は、ある意味で現在の日本政治のもっとも揺らいでいる部分を暗示しているのかもしれません。

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宇野重規 Uno Shigeki
東京大学教授
1967年生れ。1996年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。東京大学社会科学研究所教授。専攻は政治思想史、政治哲学。著書に『政治哲学へ―現代フランスとの対話』(東京大学出版会、渋沢・クローデル賞ルイ・ヴィトン特別賞)、『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社、サントリー学芸賞)、『〈私〉時代のデモクラシー』(岩波新書)、共編著に『希望学[1]』『希望学[4]』(ともに東京大学出版会)などがある。


※この記事はニュース解説サイト『Foresight』より転載させていただいたものです。 http://fsight.jp/ [リンク]

※画像:「国会模型」By chaojikazu
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