党議拘束は何のためにあるのか(東京大学教授 宇野重規)
それに近い存在としては、上下両院の各政党の院内総務がいますが、この職は文字通り議員団の代表であり、大統領とは直接的な関係はありません。議会が立法府であるのに対し、大統領はあくまで合衆国の元首であり、行政権の長なのです。そこには明確な3権分立の原則があります。
●議院内閣制には党議拘束が必要
要するに、アメリカでは、大統領と議会はそれぞれ国民の投票によって選ばれるのであり、別個に存立根拠をもっていることになります。したがって、仮に議会の支持をとりつけることに失敗したとしても、直ちに大統領の立場がなくなるというわけではありません。大統領は大統領で、「自分は国民によって選ばれたのだ」と主張することも可能です(それゆえに、両者がガチンコに対立した場合、話はなかなか進まなくなります)。
結果として、一般論としていうならば、議院内閣制をとっている国では、党議拘束をかける必要がより大きいということになります。内閣の命運をかけた法案について、首相は与党に何としても一枚岩で賛成してもらわないといけません。いろいろ不満はあっても、最後は党議拘束をかけることで、議員から支持してもらう必要も出てくるでしょう。
●「党が強いイギリス」と「個人が強いアメリカ」
興味深いのは、元来、英国政治の信奉者として知られてきた小沢氏が、今回党議拘束を否定したということです。すでに述べた理由から、イギリスの政党政治には党議拘束がつきものです。しばしば指摘されるように、小選挙区制に基づく議院内閣制の下では、有権者は個々の候補者というより、その政党、さらにはその政党の党首を選んでいることになります。事実上、選挙を通じて「首相を選んでいる」わけです。
逆にいえば、個々の候補者の役割は、自らをアピールするよりは、党の政策を有権者に理解してもらうことにあります。ある意味で、議員は党の「道具」にすぎません。実際、イギリスの場合、議員の多くは「落下傘候補」であり、党の命令にしたがって、あちこちの選挙区を渡り歩くことも珍しくありません。
これと比べるならば、アメリカの政治家はまさに、自らの力で選挙資金を集め、自らの人柄と能力をアピールするなど、いわば一国一城の主です。そのようなアメリカの議員たちに党議拘束をかけることがいかに難しいか、容易に想像がつくでしょう。議員にしてみれば、自らの選挙区民の意に沿わない政策に賛成した結果、次の選挙で落選してしまっては元も子もありません。
●「党」よりも「派閥」が強かった日本
日本の場合、自民党はかつて「選挙互助会」と呼ばれました。党といってもたいした重みはなく、せいぜいのところ、選挙の際に助け合ったり、あるいは、当選した議員が結果として同一会派を組んだりしている以上の意味はないというわけです。
中選挙区時代、同じ選挙区に複数の自民党候補が立つことが普通でしたから(そうしないと、過半数をとれません)、各候補は党の政策うんぬんの前に、とりあえず自分をアピールするしかありませんでした。結果として当選した議員たちにとって、党の存在は希薄であり、むしろ直接支援してくれた有力議員の派閥との縁が深くなりました。田中角栄率いる田中派と福田赳夫率いる福田派に至っては、角福戦争と呼ばれたように、長く激しい対立を続けました。
