なぜ和食の代表はとんかつ、コロッケ、ハンバーグだと言えるのか【日本の定番料理10の謎】

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とんかつ、コロッケ、ハンバーグ──食卓でおなじみの家庭料理は、なぜ無形文化遺産に登録され世界に認められる「和食」となったのか? 家庭料理が和食の定番となった歴史から、おいしさの秘密を探ります。

好評発売中の『日本の定番料理10の謎 ポテトサラダはなぜ「おかずになったのか」』より、「はじめに」を特別公開します。

書影

 2013(平成25)年、和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたことが大きく報じられました。それから現在に至るまで「無形文化遺産にも登録された和食」という具合に枕詞(まくらことば)のように使われ続けていますが、そもそも無形文化遺産とは何か、登録された和食とはどのようなものなのでしょうか。

和食の定義

 ユネスコの「無形文化遺産」は2006年に条約が発効された比較的新しい枠組みで、建築物などの保護を目的とした「世界遺産」とは異なり、民俗文化財、フォークロア、口承伝統などを対象としています。日本からは能や歌舞伎など、23項目の文化が登録されており、最近では2024(令和6)年に「伝統的酒造り」が新たに登録されました。
 無形文化遺産に和食が登録された経緯をおさらいしておきましょう。すでに食文化としてフランスの美食術や地中海料理などが登録されていたこともあり、日本料理人を中心に日本食も登録を目指す動きがありましたが、当初は小さな活動でした。
 その風向きが変わったのは2011年に発生した東日本大震災がきっかけです。政府は「無形文化遺産」への登録が東日本大震災によって傷ついた日本食品のイメージアップにつながると考え、その年の7月に歴史学者の熊倉功夫(くまくらいさお)さんを会長に「日本食文化の世界遺産化プロジェクト」という検討会を発足させます。
 議事録からは大きく「何をもって日本の食とするのか」「どのようにすれば審査に通るのか」の二つの課題について検討されたことがうかがえます。フランス料理とは異なり、日本料理という概念は曖昧で、本膳料理から会席料理、お茶会などで供される懐石料理、仏教文化をベースとする精進料理、あるいは各地方に残る郷土料理という具合に内包される料理も様々。そのため明文化しづらく、これまで日本料理とは何かが体系的に定義されたことはありませんでした。
 当初、検討会では外国人にもイメージしやすい、という理由で「会席料理、あるいは懐石料理こそ日本料理の代表」とする流れがありましたが、日本と同様に登録を目指していた「韓国の宮廷料理」が「一部の人だけのもの」であるという理由で選から落ちたことで、見直しを迫られます。そうしたなかで提案されたのが「和食」というキーワードです。そして「通りやすい申請書にすることが重要」としてまとめられたのが「和食; 日本人の伝統的な食文化(WASHOKU ; Traditional Dietary Cultures of the Japanese)」。
 そこでは「多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重」「健康的な食生活を支える栄養バランス」「自然の美しさや季節の移ろいの表現」「正月などの年中行事との密接な関わり」という四つが特徴として挙げられました。会長を務めた熊倉さんは和食の定義をある雑誌の対談で、洋食に対する概念であり「一汁三菜」を基本的な献立として、「三世代前の日本人が家庭で常食していたもの」と述べ、和食として登録されたのは三世代前=昭和30年代の家庭料理と説明しています。
「するとトンカツ、コロッケ、すき焼きなど近代の家庭料理が入ります」とも語っていますが、ここで「コロッケは和食か?」という疑問が浮かぶ人もいるかと思います。

昭和の食を解き明かす

 前述の定義に従えば一汁三菜、つまりご飯を中心とし、汁物を添えた料理は和食と言えます。すると、たしかにとんかつやコロッケ、ハンバーグも和食と言えるわけですが、では、これらの料理はいつから和食になったのでしょうか。
 そもそも昭和30年代の日本の家庭料理はどのような状況だったのかも、よくわかっていません。料理の歴史について書かれた本には江戸時代の食文化や明治期に日本に導入された洋食などについて語られているものはたくさんありますが、熊倉さんがいうところの三世代前の=昭和30年代以降(1955年~)の日本食についての記述は意外と見当たらないからです。
 そこで本書ではハンバーグのような定番料理について、主に雑誌『きょうの料理』(1958年創刊)のレシピから成立の経緯を探りつつ、その秘密を解き明かしていきます。昭和32(1957)年に放送を開始したNHK「きょうの料理」は同じフォーマットで現在も変わらず放送を続けている偉大な番組ですが、そのテキストには当時のレシピが残っています。
 料理が定着し、伝播していくにはメディアの影響を無視できません。明治から大正、昭和初期には新聞や婦人雑誌、戦後にはテレビがその役割を担っていきますが、雑誌に掲載される料理の初出とその変化を調べることで、その料理が和食として定着していく経緯がわかります。

定番には定番となる理由がある

 定番料理には定番となるだけのおいしさの理由がありますし、時代背景も無視できません。また、料理には作る人の思いが込められています。先人がどんな料理を考えていたのかを知ることは、変化が求められる時代にあって足元を見直す作業にほかなりません。今では当たり前になった10皿の料理を通し、本書が日本の食文化や毎日の料理について考えるきっかけになることを願っています。

この続きは『日本の定番料理10の謎 ポテトサラダはなぜ「おかず」になったのか』でお楽しみください。本書は以下の構成で日本人が愛する「あの味」がなぜ定番になったのか、驚きのルーツに迫ります。

第1章 居酒屋の肉じゃがはなぜうまいのか
第2章 ハンバーグはいつから家庭の定番になったのか
第3章 なぜ生姜焼きはご飯に合うのか
第4章 から揚げは「和食」なのか
第5章 ポテトサラダはなぜ「おかず」になったのか
第6章 麻婆豆腐はなぜやみつきになるのか
第7章 炭で焼いた魚はなぜおいしいのか
第8章 なぜパスタは日本で愛されるのか
第9章 なぜプロのチャーハンはパラパラなのか
第10章 なぜみそ汁に出汁は必要なくなったのか

著者紹介

樋口直哉(ひぐち・なおや)
作家・料理家。1981年生まれ。服部栄養専門学校卒業。2005年、『さよならアメリカ』(講談社)で第48回群像新人文学賞を受賞し、作家デビュー。同作は第133回芥川龍之介賞の候補にもなった。料理家としての著書に『新しい料理の教科書』(マガジンハウス)、『料理1日目』(光文社)など多数。「きょうの料理」、「激突メシあがれ」(いずれもNHK)などのメディアにも出演し、調理科学に基づいたわかりやすい解説が人気を博す。
※刊行時の情報です