「“包茎は恥ずかしい”は僕が作った」81歳の高須克弥が初告白…「1日300人、火災報知機が鳴るほど儲かった」
「包茎を作った男」と呼ばれた美容外科医がいる。高須克弥、81歳。全身がんと闘いながら、今もメスを握り続ける。その出自は異色だ。高須家は本能寺の変で逃げてきた徳川家康を介抱した縁で苗字と家紋を賜り、以来400年以上、代々「医」を家業としてきたという。その末裔が20世紀の日本に美容外科をゼロから築き上げた。
「包茎」にはいまだ「汚い」「みっともない」といった負のイメージがある。そのイメージの形成に関与したとも言われる当の本人が、今、その真意を語る。
仮性包茎はサバイバル能力が高い
──先生は日本に包茎手術を広めた先駆者ですが、「汚い」「みっともない」のイメージがある仮性包茎について、実は擁護されているとお聞きしました。
高須克弥(以下同) 仮性包茎で悩んでいる人たちには、堂々と生きていいと言いたいですよ。
生物学的に考えてみてください。野生動物は生殖器を体内に格納できる構造になっているでしょ。大きくぶら下がっていたら野獣に襲われた時に真っ先にやられてしまう。包皮がなく亀頭をむき出しでジャングルを駆け回ることも危険ですし。性器が小さくて隠れている方が、生き残るサバイバル能力が高いんですよ。さらに言うなら、動物の交尾はすぐ終わるでしょ。最中に襲われないためです。早漏の方が適していると言えるでしょう。
──そうなんですか、では真性包茎についてはどうお考えですか?
仮性と違って真性は治療すべき対象よ。引っ張っても亀頭が出せない状態は医学的に問題がある。恥垢が溜まって不潔になるし、衛生上も良くない。しかし仮性は別の話です。
──しかし先生ご自身が、「包茎は恥ずかしい」というイメージを日本中に広めた張本人ですよね。矛盾していませんか。
否定はしませんが、どこにクローズアップするかでマーケットができるんですよ。土用の丑の日にうなぎを食べようと広めたのと同じ発想です。
今では当たり前になった自動車だって、その便利さを教えなければ、誰も買わなかったはず。需要はゼロから作り出すものです。事実として、僕の包茎手術を受けて不幸になった人は1人もいないんですからね。みんな喜んでいますよ。
──先生のパートナーでもある漫画家の西原理恵子さんは、先生のことを「だってこの人ですよ? 包茎を作ったの。で、日本中の男を恐怖のどん底に陥れて。おもしろいほどお金が入ったんだって」とイジっていましたが。
そんなふうに言われていますけど(笑)。男性を恐怖のどん底に突き落としたんじゃなくて、いいことをしてあげたんですよ。
恥垢が溜まるのは衛生上良くないですし、当時はそれが子宮頸がんの原因になるという説もあった。今はヒトパピローマウイルスが原因とわかっているけど、恥垢にそのウイルスが多く存在するという点では、まるっきり無関係とも言えないんです。他の医者たちも反対しなかった。包茎手術は悪いことじゃないとわかっていたからです。
1日300人、火災報知機が鳴るほどの盛況
──当時、市場をどのように開拓していったのですか?
まず雑誌ですよ。どこの出版社にも膨大な量の広告を出し続けたんです。『平凡パンチ』では記事広告もやりましたね。「包茎だけは嫌だ」という結論に持っていこうとするなかで、「包茎は恥ずかしいもの」というイメージが日本中に浸透していきました。そのためには、とにかくメディアと仲良くしなければ広がらない。口コミで広がるのを待っていたら100年かかりますよ。
僕はレギュラー番組を持っていて、お腹の脂肪吸引を実演したりもしていました。自分のテレビ番組を持てば、何百万人に常時発信できるわけだから。それが一番効くんですよね。
──最盛期には、お客さんの数はどのくらいになったのですか。
1日300人ですよ。整形外科医として人工関節の手術は週に1~2例しかないのに。包皮を焼く煙がビルに広がってね、火災報知機が鳴って、消防署が来たこともありましたよ。焼肉屋の大量の煙がビルに充満したみたいになってしまってね。
──「包茎の高須」というイメージがついてしまったことについては。
自分ではすごく悔しいんですけどね。それだけをやっていたわけじゃないから。整形外科もやっていましたしね。美容外科についても、脂肪吸引も鼻の手術も、今普及しているものは最初に僕がやったものばかりなのに、いつの間にか包茎で有名な印象になってしまって(笑)。
──韓国にも包茎手術を広められたと聞きました。そもそも韓国との関わりはどのように始まったのですか。
昔の韓国はね、美容整形がほぼ禁止状態だったんですよ。日本で整形したことがバレたらパスポートを取り上げられて出国できないほど厳しかった。朴正煕政権の頃は「親からもらった体に手を加えるとは何事だ」という儒教的価値観が強くてね。
そこで在日韓国人へのPRから始まりました。彼らは韓国のテレビを見たいんですよ。でも東京では電波が届かないから、ビデオレンタルで見ていたわけです。そこで「高須クリニックの美容整形ビデオとセットで借りてくれればタダにする」というPR作戦を取ったんです。それで在日韓国人が全員うちに来るようになりました。
自ら美容整形を500回、下半身も当然……
──その後、韓国国内への技術移転はどのように進んだのですか。
術後のメンテナンスで、お客さんが韓国から繰り返し来日する必要があって、それは大変だから、日本で手術をした後は、韓国の医師がメンテナンスをやって、儲けなさいということで現地の医師たちにマージンを渡していたんです。
それがだんだん広がっていくと、気がついたらクライアントが来なくなってしまった。彼らは自分たちで手術をやり始めたわけです。
──悔しくなかったのですか。
いやいや、僕が韓国美容外科の父ですから。韓国美容外科学会がはじまったときに名誉会長に招いてくれましたよ。そりゃそうですよね、会長も僕が教えた人間ですから(笑)。
──先生ご自身も美容整形を500回くらい受けているとのことですが、下半身のほうは?
下半身も全部やっていますよ。お客さんに自分のものを見せて「こうなりますよ」と説明すると、感心して「俺もやってくれ」と。クラスメートや友人をはじめ、偉い人たちのもたくさんやりましたよ(笑)。
──下半身の手術にはどんな種類があるのですか。
包茎が一番多くて、次が早漏。それから亀頭だけ大きくするもの、蛇腹を作るもの、イボイボを作るもの、あらゆる手術がありましたよ。
昔はカタログまで作っていたんだけど、今はもう捨てられてしまったかな。息子の嫁が来て医院を経営するようになってから、そういう過去のものはだいぶ片付けられてしまいました(笑)。
医者一族から縁を切られそうに
──自分でも受けてきたからこそ、患者の気持ちがわかるということでしょうか。
当たり前ですよ。自分でやってみないで「大丈夫ですよ」なんて言えないでしょ。痛みも、術後の感覚も、全部自分で経験しているから。それがあってこそ、患者さんに本当のことが言えるんですよ。
──最後に、半世紀以上この世界を歩んできて、今どんな思いでいらっしゃいますか。
かつては健康な体にメスを入れるなという価値観が圧倒的で、美容整形をはじめるときには、医者一族から縁を切られそうにもなりました。悪者にされたこともあったけど、気がついたら、自分がやってきたことが全部標準になっていた。それだけのことですよ。
取材・文/全夏潤 写真/松井秀樹
<プロフィール>
高須克弥(たかす・かつや)
1945年1月22日生まれ。日本の美容外科医・医学博士。美容外科「高須クリニック」院長。昭和大学医学部卒・同大学院修了後、イタリア・ドイツで美容外科を学び、日本に脂肪吸引手術を普及させた。江戸時代から続く医師の家系。藍綬褒章受章。

