橋に名前をつけたことがありますか? インフラへの無関心を変える「橋の名付け親プロジェクト」

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日本はこのまま崩れ去ってしまうのか? 道路、鉄道、水道、インフラ、橋……なぜ全国各地で次々に事故が起きるのか? お金も人も足りない……打つ手はあるのか?

注目の新刊『日本のインフラ危機』では、私たちの暮らしを揺るがす「大問題の正体」を豊富なデータと事例から解き明かす。

(本記事は、岩城一郎『日本のインフラ危機』の一部を抜粋・編集しています)

リスクの先にある「真の地域づくり」

平田村では、毎年春と秋の年2回、住民と学生との協働による道づくりが定例行事として根付くことになったのです。

しかし、こうしたことをおこなうと外からネガティブな意見も出てきます。たとえば、「村内のインフラ整備は税金を払っているのだから役場がおこなうべきだ! ましてそこに学生を送り込み、ケガなどしたら誰が責任を取るのか?」といったものです。

どうしたものかと思案していたところ、当時の平田村役場の係長から一通のメールが届きました。

「村には住民が道路整備を自ら実施する地域の経過があります。古来、農村社会では自分たちの利用する公共財産を自らの手で管理してきた歴史があります。それは、現在の道路、水路が公共財産として管理する法的な整備以前からのものです。道普請、堀普請、水道普請、家や神社の普請などがその中に挙げられます。その延長上に今回の生コン支給による現道舗装があります。日常使う生活道路を改修し少しでも利便性を高めたいとの基本的な考えでもあります。

村民が工事を実施することによる事故のリスクはありますが、少なくとも道普請は地域の自己責任の中で実施されるものと、地域住民も役場も認識しております。厳密に事の流れを分析すれば、問題もありますが、リスクを超えた中に真の地域作りがあると思っております」

このメールを受け取って以来、私は一切ぶれずにこの取り組みを続けていこうと心を新たにしたのです。

橋の名付け親プロジェクト

とはいえ、地域の方々と関わっていると、まだまだインフラに対する関心が薄いことを感じていました。なんとかインフラに対する無関心を関心、そして愛着へと変えることができないか。そう考えた結果、「橋の名付け親プロジェクト」に行きついたのです。

じつは平田村で管理している橋梁数は当時60ほどありましたが、その半数の28橋が「○○号橋」といった管理番号で呼ばれていたのです。これでは住民がその橋に対して愛着がわくはずもありません。そこで当時大学1年生でありながら、課外講座として住民と学生との協働による道づくりに参画していた学生3人を呼んで、冬休みの宿題として橋の名付け親プロジェクトの企画書を作成するよう指示したのです。

休み明けに出てきた学生の答えは、「地域の橋の名付け親には小学生になってもらいたい」という意外なものでした。私は名付け親というと、地域の年配者をイメージしていたので、その理由を聞くと「小学生の付けた名前であれば、その親や祖父母も愛着を持ってくれる。何よりその小学生が大人になってもその橋に愛着を持ってくれる」というものでした。私はなるほどと納得し、さっそく村長のところに学生とともに企画書を持って行くと、「面白い! ぜひやりましょう!」と二つ返事で快諾いただきました。

こうして、2013年の春に平田村立の二つの小学校近くにある二つの橋に、きずな橋とあゆみ橋という名前が付けられたのです。その命名式で、当時NHKの解説委員であった後藤千恵さんが名付け親の一人である小学生に「なぜ、橋に名前を付けると思いますか?」とインタビューしたところ、その女子児童は、「自分のおもちゃやお人形に名前を付けると愛着がわく。橋に名前を付けるのも同じことかな?」とはにかみながら答えてくれたのが今でも印象に残っています。

さらに、「日本はこのまま崩れ去ってしまうのか…意外と気づかない「インフラ危機」本当の実態」」では、いま大問題として迫っているインフラ老朽化問題をひきつづき見ていく。

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