「ごめん、今回はあげられない…」〈年金月19万円〉69歳男性、孫へのお小遣いを断念した“苦しい理由”
孫の成長は、現役を退いた世代にとって大きな喜びのひとつです。会うたびに変化していく姿に、つい財布のひもも緩みがちになるでしょう。しかし、その「ささやかな楽しみ」でさえ維持できなくなるケースも少なくありません。年金生活の実態は、外から見えるよりもはるかに厳しい側面を抱えています。
孫に使うお金は「惜しくない」はずだったが…見えてきた現実
田中さん(仮名・69歳)は、数年前に会社を定年退職し、現在は年金で生活しています。受給額は月およそ19万円。会社員時代と比べれば収入は大きく減りましたが、「持ち家でローンも終わっているし、なんとかやっていける」と当初は考えていました。
「派手な生活をするわけじゃないし、趣味も散歩くらい。贅沢しなければ大丈夫だと思っていました」
そんな田中さんの何よりの楽しみは、長女の娘である小学3年生の孫の存在です。月に1度ほど、母親と一緒に遊びに来るのが恒例でした。
「じぃじ、これ見て!」とランドセルから取り出すテストや絵。そんな何気ないやりとりに、田中さんは目を細めます。
そして帰り際には、必ず封筒を手渡していました。
「好きなもの買いなさい」
中身はいつも1万円。決して少なくない額ですが、「孫のためなら」と惜しむ気持ちはありませんでした。ところが、ある日を境にその習慣が止まります。
「ごめん、今回はあげられないんだ。ちょっと、今は余裕がなくてな…」
田中さんの家計は静かに圧迫されていました。背景にあったのは、想定外の支出の増加です。
総務省『家計調査報告〔家計収支編〕2025年(令和7年)平均結果の概要』によると、65歳以上の単身無職世帯の平均可処分所得は月約11.8万円である一方、消費支出は約14.8万円と、平均で約3万円の赤字構造となっています。田中さんはこれよりやや多い年金収入ですが、それでも安心できる状況ではありませんでした。
「最近、医療費が増えてきてね。歯の治療も長引いていて…」
さらに、電気代や食費といった日常の支出も上昇しています。物価の上昇は、固定収入の年金生活者にとって直接的な打撃となります。
「気づいたら、毎月ギリギリなんですよ。貯金を少しずつ取り崩している状態で」
それでも当初は、「孫へのお小遣いくらいは」と続けていました。しかし、その積み重ねが家計に影響を及ぼしていたのです。
「できること」と「できないこと」…突きつけられる現実と選択
田中さんが本格的に家計を見直したのは、通帳残高の減少に気づいたときでした。
「このペースだと、あと何年もたないんだろうって…急に怖くなって」
特に不安を感じたのは、「今後さらに支出が増える可能性」です。
高齢になるほど医療費や介護費用がかさむ傾向にあります。厚生労働省『令和6年版 高齢社会白書』でも、高齢期における医療・介護支出の増加は重要な課題として指摘されています。
また、日本の公的年金制度では、物価上昇に応じて給付額が大きく増えるわけではありません。実質的な購買力は年々低下する可能性もあります。
「今は元気でも、いつどうなるか分からない。入院したり、介護が必要になったら…そう考えると、余裕は持っておかないといけないと思ったんです」
そうした現実を踏まえ、田中さんは決断しました。孫へのお小遣いを「やめる」ことです。もちろん、簡単な決断ではありませんでした。
「正直、あげたい気持ちはありますよ。孫の喜ぶ顔を見るのが楽しみでしたから」
それでも、「続けられないことを無理に続けるほうがよくない」と考えました。その後、長女にも事情を説明します。
「もっと早く言ってくれればよかったのに」
長女はそう言いながらも、「無理しなくていい」と理解を示しました。
「子どもにとっても、お金より一緒に過ごす時間のほうが大事だと思うよ」
そう言われたとき、田中さんは少し肩の力が抜けたといいます。
現在も、孫は変わらず遊びに来ています。お小遣いこそ渡さなくなりましたが、一緒に公園へ行ったり、家でゲームをしたりする時間は続いています。
「最初は申し訳ない気持ちが強かったですけどね。でも、こういう関わり方もあるのかなって」
無理を重ねた先にあるのは、より大きなリスクです。田中さんのように現実と向き合い、支出を見直すことは、決して後ろ向きな選択ではありません。
「長く元気でいることが、一番のプレゼントなのかもしれませんね」
そう語る田中さんの表情は、どこか穏やかでした。
