「獄中者と3回結婚しました」なぜ女性は死刑囚たちと<獄中結婚>したのか?離婚した死刑囚と現在も文通を続ける理由を尋ねると…
死刑判決が確定し未執行の死刑囚は、2026年4月8日時点で101人となっています。事件関係の取材や執筆を行うノンフィクションライター・片岡健さんは、面会や手紙で多くの死刑囚を取材し、その素顔に迫ってきました。今回は、片岡さんの著書『実録 死刑囚26人の素顔』より一部を抜粋して、山田浩二死刑囚の元妻・水海睦子さんへのインタビューをお届けします。
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私が死刑囚たちと結婚した理由
死刑囚は獄中で結婚したり、養子縁組したりして、姓が変わることがよくある。「寝屋川中1男女殺害事件」の犯人、山田浩二も死刑確定後、「水海浩二」という名前になった時期があったが、それも獄中結婚したためだった。その相手の女性、水海睦子さんは山田だけではなく、死刑判決を受けた別の被告人とも結婚したことがある人だ。
水海さんはなぜ、死刑囚たちと結婚したのか。本人に話を聞かせてもらった。
「私は過去に10回くらい刑務所に入り、この間に男性獄中者と3回結婚しました。疑似恋愛をすれば、獄中でのいやなことや辛いことから現実逃避できるんです」
首都圏で接客の仕事をしている睦子さんは、波乱の半生を包み隠さずにそう話した。山田と知り合ったのも服役中のことで、きっかけは私が雑誌『実話ナックルズ』2020年5月号に寄せていた山田との面会記を目にしたことだったという。
境遇は自分と似ていて
「刑務所にいた私は、暇つぶしの相手が欲しかったんです。片岡さんが書いた浩二の記事を見て、『この人なら、返事がすぐ来そうだ』と思って手紙を出したんです」
その記事は、山田が1回目の控訴取り下げが無効とされ、裁判が再開すると決まった際に大阪拘置所で面会した時のことを書いたものだ。山田が面会中は終始笑顔だったことをありのまま書いた記事だったが、山田に女性との出会いをもたらしたわけだ。

『実録 死刑囚26人の素顔』(著:片岡健/宝島社)
山田から返事はすぐ届き、睦子さんは文通するように。当初は楽しかったという。
「浩二の手紙はテンションが高いんです。刑務官の悪口をよく書いてきましたが、『ナントカ抹消業者』『ナントカちんかす野郎』などと色々言葉を作るのが上手かった。暇なので、そういう手紙が面白かったんです」
では、文通からどのように結婚に発展したのか。
「浩二が2回目の控訴取り下げをして、今度こそ死刑が確定するという状況になった中、『俺には時間がない』と結婚を求めてきたんです。社会に相手にされず、人生の大半を刑務所で過ごした浩二の境遇は自分と似ていて、放っておけないと思ったんです」
心が離れるまでは早かった
そんな思いで家族の反対を押し切り結婚したが、心が離れるまでは早かったという。
「浩二は手紙に男女の性器の絵ばかり描いてくるんです。しかも、リアルに描くからグロいんです。たまに事件について書いてきた時には、被害者の2人が夢に出てきて、友達のように仲良くしているなどと書いていた。『被害者のためにも自分は幸せにならないといけない』と言うなど、考え方におかしいところがありました」
山田への嫌悪感が募る中、睦子さんは実母が亡くなる不幸があった。その時に許せないことがあったという。
「母の死を浩二に手紙で伝えたら、返事の1、2枚目は『ご愁傷様です』『元気出してください』みたいな綺麗事を書いていました。でも、3枚目以降は下ネタやテレビの話が書かれていたんです」
怒った睦子さんはついに離婚に踏み切った。山田は死刑確定後、報道で「水海浩二死刑囚」として登場していたのに、途中から「溝上浩二死刑囚」になった。それは睦子さんと離婚後、養子縁組していた養母の女性の姓に改めたためだったのだ。
もう一人の結婚相手
こうして山田との結婚生活を終えた睦子さんだが、その後にもう一人、死刑判決を受けた被告人と結婚している。その被告人は、山田(旧姓・松井)広志(49)。名古屋市で2017年、80代の夫婦を刺殺して財布を奪い、強盗殺人の罪により死刑判決を受けたが、獄中ですい臓ガンに侵され、裁判中に余命宣告されていた人物だ。
山田という名前が2人いては話がややこしいので、以下、山田(旧姓・松井)広志のことは松井と書かせて頂くことにする。
松井が山田姓になったのは、山田と獄中者同士で文通して親しくなり、養子縁組したためだった。その際、松井は山田の妻だった睦子さんと知り合ったという。
そして松井が2023年12月13日、裁判を終えることなく「死刑判決を受けた被告人」という立場のまま、ガンで死亡する直前、睦子さんは松井と入籍していたのだ。
ガン死した「夫」は最後まで罪と向き合っていた
睦子さんはその事情をこう説明する。
「広志君は裁判で犯行の目的がお金と認定されたのが納得できずに控訴しましたが(※)、死刑は受け入れていました。それが浩二と違います。私は広志君にプロポーズされ、広志君が被害者の人たちの冥福を祈れるように支えてあげたいと思って結婚したんです」

提出前に見せてくれた松井広志(当時の姓は山田)との婚姻届。このあと、無事に役所に受理された<『実録 死刑囚26人の素顔』より>
睦子さんは結婚を承諾する際、松井に「死ぬ時は自分ではなく、被害者に手を合わせて欲しい」と伝えたそうだが、松井はこの約束を守って逝ったという。
「広志君は死期が迫る中、ガンが肝臓などに転移していたので、痛かったり、苦しかったりしたと思います。でも、『痛い』とか『辛い』とかという言葉は一切口にしませんでした。『自分より被害者の人たちのほうが辛かったんだから、俺は辛いなんて言える立場じゃない』と言っていました。最後まで罪と向き合っていたと思います」
睦子さん自身、松井が存命の頃は収容先の名古屋拘置所まで首都圏の自宅から新幹線で面会に通ったり、松井の代わりに被害者の墓にお参りに行ったりしていたという。そして松井の死後、遺骨は名古屋の教会で納骨堂に埋葬してもらいつつ、一部は分骨してもらって家に置いているそうだ。ここまでの献身的な支えがあったからこそ、松井は被害者の人たちに思いをはせることができたのではないかと思う。
離婚した死刑囚と現在も文通する理由
実は松井の死後、睦子さんは再び山田と文通するようになっている。睦子さんとしては山田がいつか死刑執行されるにしても、自分が奪った生命に向き合ってから執行されて欲しいと思っているためだ。山田の収容先の大阪拘置所も、そんな睦子さんを「再婚の可能性がある人物」と認め、山田との手紙のやりとりを許してくれたという。
「私が手紙に人が死ぬとはどういうことか真剣に考えて欲しいと書いても、浩二は返事の手紙でスルーしてきます。だから、浩二も人の温かさや優しさがわかるように、今は優しい言葉をかけるようにしています。浩二も最近、変わってきていると感じます」
最後に、死刑制度について、どう思っているのかを聞いた。
「死刑に賛成か、反対かといえば、反対ですが、被害者やご遺族の気持ちもあるので、単に反対はしません。死刑囚全員をひとくくりにするのではなく、裁判が終わって10年くらい経ってから、その死刑囚の更生の仕方などによって死刑を執行するかどうかを改めて判断するようにしてもいいのではないかと思います」
※松井は犯行動機について、「仕事探しがうまくいかない中、パチンコで6万円負けてしまった。アパートに帰った際、近所に住んでいた被害者夫婦のうち奥さんから『仕事もしていないのに、(遊んで)いいご身分ね』と言われ、怒りがこみ上げて犯行に及んだ。金目当ての犯行はではない」と主張していた。
※本稿は、『実録 死刑囚26人の素顔』(宝島社)の一部を再編集したものです。
