「現代社会にはそぐわない」辛坊治郎氏 ラジオでの「愚妻」発言に賛否勃発…“本来の意味”に「女性差別とは関係ない」の声も
4月20日放送のラジオ番組『辛坊治郎ズーム そこまで言うか!』(ニッポン放送)で、パーソナリティの辛坊治郎氏(70)が発した“ある言葉”をめぐってSNSで議論が起きている。
番組のオープニングトークで、桜の季節にちなんで「私にとっては、あと何回、スノーボードに春先行けて、筋肉痛にいったい何歳までなるんだろうか」と漏らした辛坊氏。
同局の増山さやかアナウンサー(59)が「実験しましょうよ、毎年ここで報告するってね」と提案すると、「ものすごくハードルが高い」と尻込み。「いくつもの要素が噛み合わないとなかなか実現できない」と躊躇いつつ、“中間報告”として別の趣味の上達ぶりをこう語っていた。
「ピアノもですね、驚くほどに、うちの愚妻が驚くほどにですね(上達した)。私、もしかすると天才なんじゃないかと」
ところが、このエピソードトークが思わぬ波紋を広げることに……。
「辛坊さんがご自身の妻について、『愚妻』と表現したことが気になったリスナーもいたようです。実際に、あるリスナーは“すごく嫌だった”とXに投稿。この呟きは瞬く間に拡散され、さまざまなユーザー間で議論に発展したのです。ただ、辛坊さんに対する批判が広がっているというわけではなく、言葉そのものの意味や捉え方について意見が交わされています」(WEBメディア記者)
国語辞典などによれば、「愚妻」とは他人の前で自分の妻をへりくだって表現する謙称。しかしこの言葉を使うことに忌避感を抱いた人もいたようで、Xではこんな声が(以下、引用はすべて原文ママ)。
《日本語として身内を謙って言う表現だとはわかっているけど、「愚か」という漢字を使うのはなんだか気持ちのいいもんじゃないよね…。それに「愚妻」とは言っても「愚夫」とはあまり言わないし…》
《愚夫や愚娘という言葉が一般的でない、というかほぼ存在しないに等しい時点で現代社会にはそぐわない表現だと気づけないものかね?w》
《意味や意図は知ってるんだけど、そういう言葉を使う時代じゃなくなったと思うんだよな。愚妻って言われたら普通にムカつくわ。謙遜のために他人を貶すなよって思う》
そのいっぽうで、反対派に異論を唱えるユーザーも。
《謙虚さは日本語の良さのひとつだと思うんだけどなぁ》
《愚妻でも愚息でも、別に気にしないだろ。形式なんだからさ。そんなことに気にする人、身近にいたら引くわ》
《「愚妻」については「愚息」という言葉もあるし、女性差別とは関係ない謙遜だと思うのだが》
辛坊氏の発言を発端に議論が巻き起こった背景について、前出のWEBメディア記者は言う。
「『愚妻』とは“愚かな私の妻”というのが本来の意味で、“愚”は自分自身を指すことになります。辛坊さんの使い方は間違っておらず、会話の文脈からも妻を貶めるために用いたわけではないということは明白でした。
しかし、男女平等が尊重される現代では、口語で使われる機会はほとんどなく、Xで初めて『愚妻』という言葉に触れたという人の中には、“妻が劣っているように感じる”と捉えてしまった人もいました。たとえ謙遜する言葉であったとしても、前時代的なニュアンスに受け止められているようです」
時代の移り変わりとともに、言葉が与える印象も変化しているようだ。

