「愛子さまに全て見透かされたようで、鳥肌が…」 盆栽の巨匠を脱帽させた、愛子さまの教養
【全2回(前編/後編)の前編】
東日本大震災から15年。天皇皇后両陛下と共に4月6日から2日間、長女・愛子さま(24)は被災地・福島県を訪問された。行く先々で歓迎を受け、“愛子さまフィーバー”はますます過熱するばかりである。果たして、国民は愛子さまのどこに魅せられているのか。
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【写真11枚】くるんと“内巻きヘア”にジャケットで… 「愛子さま」の上品なお姿
福島駅に降り立つや、ゆうに200人を超える人々から出迎えられた天皇ご一家。両陛下にとっては即位後初、愛子さまは文字通り初めてのご訪問だけに、熱い声が湧き上がるのも当然だったかもしれない。
宮内庁担当記者が言う。
「駅でご一家を待っていた人たちは、見るからにウキウキしている様子でした。中には朝5時から待っていた人もいました。ご一家が駅からお姿を見せると、“陛下〜!”“雅子さま〜!”といった声とともに、“愛子さま〜!”“敬宮さま〜!”“かわいい!”という声も聞こえました」

両陛下のご意思
ご一家はまず、内堀雅雄知事から復興状況の説明をお受けになるため福島県庁へ。続いて向かわれたのは双葉町の「東日本大震災・原子力災害伝承館」である。
「伝承館の前にも100人以上の人がご一家をお待ちしていました。ご一家がそろって手を振られると歓声が上がっていた。伝承館では犠牲者を追悼する供花台にテッポウユリなどの花を手向けられ、被災者と懇談されました」(前出の記者)
2日目に訪問されたのは富岡町と大熊町、そして浪江町。小中学生の授業のご見学や被災者とのご懇談の後、最後には「道の駅なみえ」を訪れ、地場産品をご覧になった。いずれの町々でも大歓迎を受けられたのは言うまでもない。
「皇室の窓」(テレビ東京系)で構成作家を務める皇室ライターのつげのり子氏が語る。
「両陛下が愛子さまとご一緒に東日本大震災の被災地を訪問されるのは、“震災の記憶と教訓を次世代に伝えていきたい”という両陛下のご意思が反映されていると思います。若い愛子さまこそが、被災の記憶を次の世代に伝えていく役割を担ってもらいたいと、両陛下はお考えなのではないでしょうか」
「相手の心に寄り添っておられるのが伝わるお声がけ」
現在、日本赤十字社の青少年・ボランティア課に常勤嘱託職員として勤務される愛子さま。かねてボランティアにご熱心で、昨年5月には、石川県能登半島の被災地を訪問されている。
「このときは仮設住宅で飼い猫と暮らす人に“猫と過ごせる仮設住宅はいいですね”と声をおかけになっていました。何気ないお言葉ですが、相手の心に寄り添っておられるのが伝わるお声がけでした」(つげ氏)
現地でボランティア活動をしている金沢大学の学生たちとも会話なさった。
「その学生さんによれば、愛子さまは“私も仕事でボランティアに携わっていますが、どういう仕組みがあれば活動しやすくなると感じますか?”と質問された。学生さんは、被災者の望みとボランティアする側の望みが一致しないことがあるので、そこを調整できれば活動しやすくなる旨をお伝えしたといいます」(同)
すると愛子さまは、
「“ニーズとシーズという言葉をよく職場で聞きます”とおっしゃったそうです。ニーズは被災者が必要としていること、シーズはボランティアが提供できること。この会話から、愛子さまが活動を身近な問題として捉えていらっしゃることが感じられます」(同)
職場での働きぶりも本格的だという。さる皇室ジャーナリストによれば、
「昨年、愛子さまのラオス訪問に先立ってご進講がありました。ところが、17時から始まる予定だったご進講に、愛子さまは1時間ほどお遅れになった。日赤で残業されていたのが理由です。“ご進講があるから”と杓子定規に席を立つことなく、目の前のお仕事としっかり向き合っておられることの証しでしょう」
もっとも、ボランティア関係ではないご公務にも全力で臨まれている。
「“美しい人”と感じた」
3月2日、愛子さまは都内で開かれた「第57回現代女流書展」を訪問された。当日案内役を務めた書家の兼岡白葉氏が振り返る。
「会場にスーッと入ってこられたとき、まず“美しい人”と感じました。お化粧や衣装といったことではなく自然体の美しさでした」
愛子さまは前衛的な作品に興味を持たれたご様子で、
「文字が書かれていないような異質な作品には、食い入るように見入っておられました。“どういう状態で、どういう筆を使っているんですか?”“どうしてここはにじんでいるのですか?”と、現物をよく観察しないと感じ取れないご質問をされました」
石に文字を刻む「篆刻(てんこく)」の作品にも興味を示され、
「“どれくらいのお時間がかかるのでしょうか?”と質問されました。また、愛子さまから篆刻の大家である小林斗とあん先生の名前が出てきたことに驚きました。事前に配布した資料にも載っていないので、ご教養の豊かさに畏れ入りましたね」
次のような会話も交わされたという。
「愛子さまはご自身のこともおっしゃいました。二人で鑑賞しながら歩いていると、不意に“ひらがなの〈し〉が苦手で上手に書けない”“バランスを取るのが難しい”と。私は、〈し〉には“これが美しい”という形はないので、自由に書かれたらよい旨を申し上げますと、納得されたご様子でした」(同)
「愛子さまにすべて見透かされたようで、鳥肌が……」
愛子さまがその道の巨匠を脱帽させた例はほかにもある。
「盆栽に対するご理解の深さは、プロ顔負けでしたね」
日本盆栽協会参事の葉坂勝氏はこう感嘆する。今年2月、天皇ご一家は葉坂氏が最高顧問を務めた「国風盆栽展」を訪れていた。
「盆栽の名前を聞くだけの質問や、ありきたりな感想ではなく、愛子さまからは私たちの毎日の営みに焦点を当てたご質問が多かった。その上、奥深くから話を引き出すように、こちらに寄り添って聞いてくださるのです」(同)
ここでも、愛子さまは葉坂氏を驚かせた。
「私の五葉松の前に立った愛子さまは“自然界では古葉(ふるは)はひとりでに落ちますが、盆栽は肥料を使うから古葉も落ちにくいですよね”ということをサラリとおっしゃる。特に驚いたご質問は“葉は毎年新しくなりますが、古葉はどのように手入れをされているのですか?”。五葉松の古葉は内部にあるので手入れが難しいことを理解されていたのでしょう。最近のプロでさえ知らないようなことなので大変感心しました」(同)
実は、このときの裏話があるという。
「私としては愛子さまにすべて見透かされたようで、鳥肌が立っていました。というのも、その五葉松には古葉がついていたんです。“きれいな盆栽ですが、古葉がついてますよ”と指摘されているようで、ドキッとしましたね」(同)
何事に対しても“手抜き”を良しとしない姿勢は、大学時代から遺憾なく発揮されていた。
後編では、物事に誠実に向き合われ、会う人をたちまち魅了する愛子さまのお人柄が、どのように育まれたのかについて報じる。
「週刊新潮」2026年4月16日号 掲載
