なぜ手を挙げてもスルー? 街から「流しのタクシー」が消え、“アプリ専用車”が急増しているワケ
なぜ消えた? 流しタクシー激減の謎
「手を挙げても通り過ぎるのは『迎車』ばかり……」
近ごろ、都内でタクシー難民が急増している。初乗り500円で気軽に乗れる時代になったはずが、肝心の「空車」が街から消えつつあるのだ。いったいなぜ、流しのタクシーはここまで姿を消したのか?
その裏にあるタクシー業界の“切実な事情”を、交通インフラに詳しいモビリティジャーナリスト・森口将之氏に聞いた。
目が悪い筆者はタクシーの表示灯の文字が見分けづらく、「迎車」を「空車」と見間違えることが度々ある。無常にも通り過ぎる「迎車」に腹を立てることも多いのだが、そもそも「迎車」は何を意味しているのか。
「迎車」表示はお客から電話、もしくは配車アプリで呼ばれ、指定された場所に向かっていることを表す(事前に利用日時を指定されている場合は「予約車」表示)。
地方はタクシーの台数自体が少なく、配車アプリが非対応エリアの場合もあるためこれまで通り電話での配車申し込みが多いというが、大都市ではアプリを使った配車が主流になりつつある。
配車アプリの利用率は’24年末で1664万人、’27年末には2055万人になると予測されている(ICT総研によるタクシー配車アプリ・ライドシェア利用動向調査)。圧倒的シェアを誇る配車アプリGOは’25年7月に3000万ダウンロードを突破した。
「空車」が減っている背景には、人手不足や配車アプリの利用者数増加に加え“流し”という営業スタイルも関係していると森口将之氏は言う。
「実は空車のタクシーは事故率が高いという国土交通省のデータがあります。最大の理由は流しの運転手の意識が道路脇で手を挙げているお客に向くためでしょう。
それに流し営業は経験に頼るところが大きい。効率よく走れる時間帯やお客を拾いやすい場所などを熟知しているベテランは有利ですが、若手にとっては不利。そうした理由から若手のタクシー運転手は流し営業を好まない傾向があるそうです。そのため各社、流し営業はしない『配車アプリ専用車両』を導入し、運転手の人材確保を図っています。
コロナ禍以降、タクシー需要も回復してきましたが、人手不足は続いています。若手の運転手は増加傾向にあるものの、世代交代でベテランは減っている。流し営業に積極的な運転手の比率が少なくなっているということだと思います」(森口氏、以下同)
また、インバウンド需要の増加も、街中を走る「空車」が減った理由の一つだと説明する。
「コロナ前であれば、タクシー運転手は深夜料金の23時以降繁華街に行けば長距離のお客を乗せることができました。ところが今は深夜に乗せるお客が減っている。それに代わる手段として注目されたのがインバウンドのお客です。そのため流しのタクシーがインバウンド客で賑わうエリアや主要ターミナルに偏ってしまった可能性があります」
損してでも「アプリで呼ぶ」
現在、日本国内にはGO、S.RIDE、DiDi、UberTaxi(Uber)など多数の配車アプリがあり、競争は激化。今まさに“配車アプリ全盛期”を迎えている。
配車アプリを利用する場合、乗車運賃に加えて100円程度のアプリ手配料や、300〜500円程度の迎車料金がかかるのが一般的だ。
初乗り500円のタクシーに300〜500円の負担は小さくないと思うのだが、こうした費用を払ってでも配車アプリを利用する人が増えている理由を森口氏はこう説明する。
「車を持たない人が増えている現代では、若い人でもタクシーに乗る機会は多いでしょう。とはいえ短距離移動はシェアサイクルなどがあるので乗る人は少ない。最低でも2000〜3000円かかる距離での利用なら、300〜500円の迎車料金も許容範囲ということだと思います。
配車アプリなら配車時間もわかりますので、暑さや寒さを我慢しながら空車を待つ必要はありません。待ち時間も数分から10分程度。電話と違い乗車位置を伝える必要はなく、目的地への到着予定時間や料金の目安もわかる。クレジットカードなど決済方法を登録しておけばネット決済ができるので支払いも楽。迎車料金を払う以上のメリットはあると思います。
私の場合、日ごろは自分の車を運転しますが、出張時は配車アプリを使うことも。先日は早朝の出発で、渋谷からリムジンバスに乗るつもりでしたがチケットが売り切れ。タクシーに乗ろうと思ったら乗り場には1台も空車がいない。慌てて道路に出て配車アプリで呼びました。飛行機に乗り遅れたらと不安でしたが5分で来た。助かりました」
とはいえスマホやアプリを使い慣れていない高齢者や、短距離移動で乗りたい人のなかにはタクシーが拾えず困っている人も少なくない。実際、道路脇で長々と空車を待つ高齢者の姿を度々見かける。
森口氏は「流しタクシーがなくなることはない」というが、今後は、根強いニーズがあると利用者側が強く訴えることも必要なのかもしれない。
売上減も…アプリ同時呼びのモラル
配車アプリ全盛期の今、複数の配車アプリが乱立していることのデメリットもあると指摘する。
「海外では配車アプリは1都市、1組織ということが多いのですが、日本では都内でも多くのアプリが使えることから問題も生じやすい。例えば利用者のなかには複数の配車アプリを使い、早く来たタクシーに乗り込み、ほかはキャンセルするという人もいる。タクシー会社にしたらほかの配車申し込みに応じられなくなるわけですから、売り上げ低下を招く要因にも。利用の際は都度、1社に決めて使うべきだと思いますね。
個人的には海外のように1都市1組織が理想。外資系のUberとDiDiは難しいと思いますが、GOとS.RIDEが一元化してくれたらもっと使いやすくなるような気がします」
近年は配車アプリから利用できる新サービスも次々と誕生している。
目的地が近い利用者同士をマッチングして相乗りさせる「相乗りタクシー」、複数の客が1台に乗り、順次目的地まで送迎する「乗り合いタクシー(デマンド交通)」。個人が自家用車を使って有償で走る「ライドシェア」もスタートしている。いずれも配車アプリ(または専用アプリ)から利用が可能だ。
さらに今年から自動運転タクシー(ロボタクシー)の運用も開始するといわれている。森口氏によると“無人タクシー”が街中を走る日は近いという。
こうした“タクシーの多様化”は人手不足や移動難民問題の解決策として期待されている。
「手を挙げれば停まる」--そんな日本の当たり前だった光景は、もはや過去のものになりつつある。流しのタクシーが街から消え、無人タクシーが走り出す未来はすぐそこまで来ている。
▼森口将之 モビリティジャーナリスト。早稲田大学卒業後、出版社編集部を経て1993年にフリーランスジャーナリストとして独立。国内外の交通事情・都市事情を取材し、雑誌・テレビ、ラジオ・インターネット・講演などで発表。’11年には株式会社モビリシティを設立し、モビリティやまちづくりの問題解決のためのリサーチ、コンサルティングを担当する。著書に『MaaSが地方を変える 地域交通を持続可能にする方法』『MaaS入門 まちづくりのためのスマートモビリティ戦略』『これから始まる自動運転 社会はどうなる!?』『富山から拡がる交通革命』『パリ流環境社会への挑戦』など。
取材・文:辻啓子
