今年は球団創設90年! 井上一樹監督の胸中は?

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 いよいよプロ野球が開幕! 今年も長いペナントレースが始まります。「球春到来」とよく報じられますが、開幕を迎えたプロ野球選手やスタッフ、そしてそれを伝える実況アナウンサーたちは、どんな思いでこの時期を迎えるのでしょうか。ラジオ一筋35年、村上さんが解説します。

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シーズンで大きな節目は4つ

 いよいよ今日、3月27日、セ・パ同時に2026年シーズンがスタートします。WBCもありましたが、この日を待ち望んでいたファンの方も多いでしょう。

 今回はプロ野球の「開幕」について綴ってみます。

 プロ野球のシーズンで「大きな節目」と言われるのは、毎年2月のキャンプイン、3月末のシーズン開幕、5月末から6月中旬のセ・パ交流戦、オールスター戦が終わった7月末の後半戦スタート、この4つです。私たちも、その年の注目選手を追い、開幕後のスタートダッシュの可否や、前半戦までにおける選手の成績やチーム状態などを取材し、ペナントレース後半に向けた準備に追われます。

今年は球団創設90年! 井上一樹監督の胸中は?

 では、上記の4つの節目のうち、選手にとって一番大きな節目はどれでしょう?

 シーズンオフの自主トレ中には着られなかったチームのユニフォーム。その年、初めて袖を通す2月1日のキャンプインが一番大きな節目では……私も当初はそう思っていました。

 例えば、中日ドラゴンズのレジェンド・山本昌さん(60)から聞いた話ですが、キャンプ前日にユニフォーム一式を整え、宿舎を出発する前に、まっさらの新しいユニフォームを着ることで「さあ、今シーズンも頑張るぞ!」と気が引き締まったそうで、キャンプインは大きな節目には違いありません。

 しかし、多くの選手やコーチ、スタッフに話を聞いていたところ、最大の節目はまさに今日、シーズンの開幕日だそうです。

開幕日が重要な理由

 ではなぜ、開幕当日が一番大きな節目なのでしょうか。

 レギュラーが確約されている、ほんの一握りの選手は別として、開幕を一軍で迎えるということは(1)キャンプを無事完走した(2)キャンプで首脳陣にアピールできた――その証です。

 シーズンスタートの時点で「チームの戦力として認められるか」どうかは、その年に活躍できるかを占う最初の大きなハードルです。先発投手なら規定投球回、野手なら規定打席をクリアして成績を残すには、当然、出場試合数が1試合でも多いほうが有利です。特に打率は、規定打席をクリアして初めて認められます(打席が少なければ1打席でヒットが出る、出ないで数字が大きく変わるから)。

 自らの力で開幕一軍を勝ち取った選手は、開幕と同時にその年のシーズンを戦うスタートラインに立つことになるのです。また、レギュラーが確約されている選手にとっても例外ではありません。

 例えば毎年の開幕日、自宅に報道陣を招き入れていた落合博満氏(72)が、鯛の尾頭付きが並ぶ食卓で食事を済ませてから球場に出かけて行ったシーンを覚えている方も多いと思います。レギュラー組の選手にとっても開幕日というタイミングは「前年と同様、一年、怪我無く成績を残す」ためのスタートラインなのです。

 プロは公式戦で成績を上げることがすべて。オープン戦でどれだけ活躍しても公式の成績としては何も残りません。まさに「プロとしての仕事」がスタートする日が開幕日なのです。

 多くの選手、スタッフは開幕日を「プロ野球のお正月」と表現します。この言葉だけで、シーズンの中でどれだけ重要な一日として位置づけられているかお分かりいただけると思います。さすがに「あけましておめでとう」とは言いませんが、取材で毎日のように顔を合わせている選手から、この日だけはひときわ大きな声で挨拶されるのは、取材あるあるです。

アナウンサーにとっての開幕

 さて、ではそれを伝える我々、実況アナウンサーにとっての開幕日はどんな日だと思いますか?

 地元にプロチームがあり、野球中継を制作している局のスポーツアナウンサーにとって、開幕戦を実況するというのは大変「名誉」なことだとされています。各球団も「開幕投手」はその年のチームを引っ張っていくことを期待されたエースを立てます。同様に、開幕戦の実況を担当することは「その局のエースアナウンサー」として認められたことになるのです。

 ちなみに私は、開幕戦の実況は一度も担当していません。

 毎年、開幕セレモニーの司会を球団から仰せつかっていたことと、その仕事がなくなってからはアナウンサーの責任者として、自分の担当とする厚かましさがなかったからです。

 負け惜しみではないですよ……。

村上和宏(むらかみ・かずひろ)
フリーアナウンサー。1967年、広島県出身。専修大学法学部卒業後、91年に東海ラジオ放送入社。制作局アナウンサーとして、主にスポーツ実況を担当。2025年の退社まで、プロ野球をメインに多くの番組制作に携わった。

デイリー新潮編集部