トンロー・エリアは日本人が多いことから日本式居酒屋がたくさんある。アパート近くにもあり、そこのスタッフと仲よくなった伊藤さんは夜な夜な、新しい友人らと一緒に酒を飲む。そんなある日に出会ったタイ人が、この『鳥屋 花』のスタッフだった。この店は伊藤さんがタイに来る前月に開業していた。

「タイ人のオバちゃんだったんですけど、1か月くらい毎日お酒を飲んでいたら、アンタ毎日こんなことしてどうするの? みたいにいわれまして。紹介するからとそのまま連れていかれて、2012年3月からこの店で働くことになりました」

 当時の現地社長から「タイ人に紹介されたから、1日300バーツのアルバイト」といわれたが承諾する。今だからいえる話で、本来は不法就労に当たる。ただ、伊藤さん自身は「猿岩石世代なので、これも思い出話として日本に帰ったときにネタにできる」くらいにしか思っていなかった。まだ気持ちは旅行者なので、タイにずっといようという思いもなく、おもしろければそれでよかったのだ。

 夜な夜な飲むくらいで、その時点で所持金の目減りはあまりなかった。そのため、当時はまだ簡単に取得できた学生ビザを取って滞在していた。もちろん週に2、3回はタイ語学校に通った。

 その後、工場で3勤3休の長時間労働をしていた伊藤さんは体力もあり、なんだかんだこの店にずっといることになる。開業数か月で入店しているので、オープニングスタッフという自認もあり、伊藤さんも店に愛着がわいてきた。そうして2018年のころ、この店そのものが伊藤さんのものとなる。

「当初こそアルバイトでしたが店長にもなって、独立したほうがいいといってくれる人がいたので、2018年7月に日本の社長に店を譲ってもらえないか交渉しました」

 そして、バンコク店が今でいうフランチャイズとして自分のものになったのだ。日本の社長も伊藤さんを認めてくれていたのも幸いした。バンコクは日本の居酒屋が乱立していて競争過多。そのため赤字続きで、社長は閉業を考えていたこともあったようで、そこを伊藤さんががんばって立て直したことが大きかったのだ。そうして、ロイヤリティーを払うことでまるっと権利を譲ってもらえたのである。このロイヤリティーも社長はいらないとしたが、伊藤さんが自ら申し出たものだ。

◆店で得たのは経営権だけじゃなかった

『鳥屋 花 バンコク店』が連日賑わっている現在、目玉商品は1000バーツの鶏鍋コースだ。税込みでこの値段。しかもビール・焼酎・ハイボール・日本酒などの飲み放題3時間がついている。日本円では今だと5000円相当になるものの、バンコクにてこの値段で日本料理を飲み食いできる店はほかにない。このコースも伊藤さんが独立してからはじめたもの。アラカルトも他店と比較してかなり低価格設定だ。かといって料理の質を落としていない。伊藤さんには飲食店経営のセンスがあった。

 伊藤さんが店長時代からここでがんばっていたのは、もうひとつ理由がある。実はタイ人の奥さんとこの店のまえで知りあっているのだ。

「店の周辺で妻の親戚がいくつかお店をやっていて、顔見知りだったんです。一番最初に妻に会ったのはもう結構まえですね」

 結構まえもなにも、伊藤さんがここで働きはじめたその月には奥さんと出会っている。

「外までお客さんを見送りに出ると、彼女がその辺にいて視野に入るんです。タイ人って外でご飯を食べる習慣があるので、よく顔を合わせて挨拶をする関係になりました。最初のころ、彼女からは“コボリ”って呼ばれていましたよ」

 コボリとは、タイ文学で有名な小説『メナムの残照』に出てくる日本兵の名前だ。かつては日本人男性を見るとタイ人はよくコボリと呼んでいたくらいタイではザ・日本人名なのだ。