糖と15種類目のアミノ酸 【小惑星ベンヌのサンプルから多種多様な物質を発見(前編)】

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炭素質小惑星「ベンヌ(ベヌー)」には、生命の構成要素となる様々な種類の有機分子や、太陽系誕生以前の物質など、非常に多様な物質が含まれていると考えられています。これらの物質について詳しく分析することは、地球やヒトなどの存在がなぜあるのかという根源的な疑問の答えに繋がるかもしれません。


2025年12月初旬、ベンヌのサンプルに含まれる多種多様な物質に関する報告が、全部で4本の論文で発表されました。内訳は「糖」「トリプトファン」「ゴム状物質」「プレソーラー粒子」であり、それぞれ独自に発見の重要性があります。


本記事では前編として、糖とトリプトファンに関する報告について解説します。ゴム状物質とプレソーラー粒子については後編の記事をご覧ください。


“宇宙ゴム” とプレソーラー粒子 【小惑星ベンヌのサンプルから多種多様な物質を発見(後編)】

小惑星のサンプルリターンの意義とは

【▲ 図1: 小惑星ベンヌの表面に降り立つOSIRIS-RExの想像図。(Credit: NASA, Goddard & University of Arizona)】

生命の基本構成要素は「糖」「アミノ酸」「核酸塩基」であると表現されることがあります。これらの物質は、生物の身体を形作ったり、遺伝情報を刻む核酸(DNA・RNA)を構成するのに欠かせない有機分子であるためです。


これらの分子の起源については諸説ありますが、有力候補の1つは、有機分子に富む炭素質小惑星です。炭素質小惑星が有力視されるのは、炭素質小惑星の破片であると考えられている「炭素質コンドライト」という種類の隕石を分析すると、多種多様で豊富な有機分子が見つかるためです。


しかし、隕石は地球に落下した時点で、地球の物質や生物による変質を受けます。かなり速やかに変質することが分かっているため、隕石は宇宙にあった時の情報をそのまま保持しているとは言えません。地球由来の汚染を回避し、小惑星そのものの情報を得るためには、小惑星のサンプルを直接採集するサンプルリターンミッションが不可欠となります。


炭素質小惑星に対するサンプルリターンミッションは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「はやぶさ2」による小惑星「リュウグウ」の探査と、アメリカ航空宇宙局(NASA)の「OSIRIS-REx(オサイリスレックス)」による小惑星「ベンヌ」の探査が挙げられます。今回の一連の研究は、ベンヌのサンプルの分析結果となります。


論文1: 宇宙由来であることが確実な糖の発見

最初に紹介する研究は、東北大学の古川善博氏を筆頭著者とする国際研究チームによる研究です。


古川氏らは、約0.6gのベンヌの粉末状サンプルを分析し、糖の発見を試みました。小惑星のサンプルに糖が存在するかどうかは、あってもなくても重要な情報となります。糖は生命のエネルギー源や細胞を作るために必須の物質であるためです。


これまでの研究では、いくつかの隕石で糖を発見していたものの、地球由来の汚染である可能性が排除できていませんでした。また、リュウグウのサンプルは全体のサンプル量が少ないため、現在でも糖を見つけることはできていません。


これらの背景を踏まえ、今回の分析研究では、サンプルから糖を抽出するための過程で、糖が生成・分解しないよう慎重に化学処理を行い、2種類の分析手法で有機分子の種類を決定しました。


【▲ 図2: ベンヌのサンプル分析で見つかった糖と関連物質の一覧。地球由来の汚染がないことが証明されている、宇宙由来のサンプルから糖が見つかったのは今回が初めてです。(Copyright: 彩恵りり)】

分析の結果、6種類の糖(リボース、リキソース、キシロース、アラビノース、グルコース、ガラクトース)と2種類の糖アルコール(キシリトール、アラビトール)を発見しました。これらは分析結果の強度が高く、確実な発見といえます。


これに加え、今回の分析では発見を確定させることはできないものの、さらに2種類の糖(マンノース、アルトロース)が含まれている可能性が示唆されました。


地球由来の汚染がないことが証明されている、宇宙由来の物質から糖が見つかったのは今回の研究が初めてです。この結果により、ベンヌには生命の基本構成要素である糖・アミノ酸・核酸塩基の全てが揃っていることが証明されました。


見つかった糖の量(モル比)は、アミノ酸の約100分の1ほどです。これほどの量の少なさは、元々の分析量が少ないリュウグウのサンプルで発見できなかったという状況と合致します。


【▲ 図3: 今回のリボースの発見により、ベンヌにはRNAの構成部品が全て揃っていることが分かりました。一方でDNAの構成部品であるデオキシリボースは、現在でも未発見です。(Copyright: 彩恵りり)】

糖の発見そのものも重要ですが、いくつかの糖の発見はさらに重要な意味を持ちます。


例えばリボースは、RNA(リボ核酸)を作る構成要素です。RNAの構成要素のうち、核酸塩基とリン酸は既に見つかっています。今回のリボースの発見により、ベンヌの岩石にはRNAを作るための部品が全て含まれていることとなりました。


一方で、RNAと対を成す、DNA(デオキシリボ核酸)を作るためのデオキシリボースは見つかりませんでした。ベンヌのサンプルにデオキシリボースは存在しないか、リボースと比べて極めて少ない量しか存在しないことになります。


もしも、炭素質小惑星に含まれる有機分子が今回のベンヌの分析結果と同じであり、かつ生命の構成要素となったならば、最初にできる核酸はDNAではなくRNAとなるでしょう。その場合、地球に誕生した最初期の生命(あるいは生命となる前段階の物質)は、RNAに遺伝情報を保持する形で誕生したと考えるのが自然です。これは、地球の生命が自己複製を行うRNAからスタートしたとする「RNAワールド」という仮説と合致します。


別の糖のグルコース(ブドウ糖)も興味深い発見です。グルコースは全ての生命がエネルギー源として利用していますし、植物のセルロースや動物のキチンのような、硬い有機物の原料にもなる重要な物質です。グルコースが宇宙に存在することが確認されたのは今回が初めてであり、生命が利用する非常に重要な分子が宇宙に広く存在する可能性を示す重要な結果です。


論文2: 宇宙で初めてトリプトファンを発見

次に紹介する研究は、NASAのAngel Mojarro氏などの研究チームによる研究結果です。


Mojarro氏らは、粉末状サンプル1組と塊状のサンプル3個、総重量約0.02gのサンプルを分析し、含まれる有機分子の種類や量の違いを評価しました。特に塊状のサンプルは、それぞれが異なる種類の岩石であると見られており、受けた化学変化も異なることが予想されます。


今回の研究では、タンパク質を構成する全20種類のアミノ酸(※1)、全5種類の核酸塩基、および複雑な分子構造の有機物(※2)を対象に分析を行いました。分析手法としては、火星探査車「キュリオシティ」で火星のサンプルを分析するために開発された熱分解技術を改良したものが使われました。


※1…セレノシステインとピロリシンを除く。


※2…多環芳香族炭化水素(PAH)および複素環式芳香族化合物(HAC)。


【▲ 図4: 今回の分析では、ベンヌから見つかった15種類目のアミノ酸としてトリプトファンが検出されました。これはベンヌに限らず、宇宙に由来するサンプルとしては世界初の発見です。(Copyright: 彩恵りり)】

分析で見つかった様々な有機分子の中でも、「トリプトファン」の発見は注目に値します。


様々なアミノ酸の中で、タンパク質を作るアミノ酸は20種類ありますが、過去に行われたベンヌのサンプル分析では、このうちの14種類が見つかっていました。そして今回の分析により、15種類目となるトリプトファンが見つかりました。トリプトファンは、隕石の分析で見つかったことがありません。


また、トリプトファンは比較的複雑な構造を持ち、生命が関与しない状態で自然界で合成される方法も知られていないアミノ酸でした。このため、もし地球外でトリプトファンが見つかった場合、生命が存在することを示すバイオシグネチャーとなる可能性が指摘されていました。


しかし今回の研究で、明らかに生命のいないベンヌからトリプトファンが見つかりました。これにより、トリプトファンの存在が、必ずしもその場所での生命の存在を示すわけではないということになります。これは他の天体での生命探しに影響する発見となります。


ひとことコメント

糖がとうとう見つかる……これはシャレだけど、天文学者が長年追い求めた物質が見つかったのよ!(筆者)


 


文/彩恵りり 編集/sorae編集部


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