激安の月会費2980円で黒字化…「筋トレおじさん」がチョコザップに寄り付かない理由
ビジネスの成功は「より多くのお客さまに選ばれる」ことだと考えられがちです。しかし、もし「“あえて”顧客を選び、捨てる」ことこそが成功への最短ルートだとしたら、どうでしょうか。本記事では、永井孝尚氏の著書『【新】100円のコーラを1000円で売る方法』(KADOKAWA)より一部を抜粋・再編集し、急成長を遂げた「チョコザップ」を事例に、彼らがなぜ“本格的な筋トレ層”を捨て、「超初心者層」というニッチな市場に集中したのかを解き明かします。その背景にあるのは、マーケティングの基本戦略「STP」と「4P」。このフレームワークを知ることで、あらゆる業界に応用可能な「勝つための戦略」が見えてきます。
登場人物紹介
日吉 慶子(ひよし・けいこ)
本作の主人公。中小IT企業「UDサービス」の若手社員。「会社を世界一にする」という情熱(アニマルスピリット)を持つが、空回りしがち。
マルクス・ハマー
日吉の部下となる米国人のマーケティング専門家。「マーケティング界のロックスター」の異名を持つ。日本のビジネスを研究するために来日。
小杉 武蔵(こすぎ・むさし)
日吉と同期入社の同僚。内向的な性格で、情熱的で突っ走りがちな日吉に振り回されながらも、冷静な視点でチームを支える。
おじさんたちが叱咤激励…「フィットネスクラブ」の苦い思い出
──数日前。マルクスと小杉は街を一緒に歩いていた。小杉が何かを見つけた。
「マルクス、あそこだよ」
「おー。ここデスネ」
そこにはライザップが展開する24時間無人フィットネスジム「チョコザップ」の店舗があった。事前にユーザー登録していた2人は、スマホ認証をして店内に入った。
その前日、マルクスと小杉はこんな会話をしていた。
「最近、身体が鈍っちゃってさ。運動しなきゃって思っているんだよね」
「フィットネスクラブがオススメデス。ボクも週3回行ってマス」
「それなー。この前、久しぶりに行ったんだけどさ。フィットネスクラブって、筋トレおじさんたちがいるじゃん? 運動しているとおじさんたちが寄って来て、『ウェイトはもう少し重めだ』『フォームはこう』『あと3回、頑張れ!』とか話しかけてくるんだよ。ボクが断れずについ『ありがとうございます』って言っちゃうと、ますます大勢寄って来てさ。ボクはガチに運動するつもりなんてないし、放っておいてほしいんだよね。そもそも月会費1万円なんて高過ぎだよ」
「ジーザス! 大きなお世話デスネ。いいところがありマス。チョコザップデス」
「最近よく宣伝している、あの24時間使えるコンビニジムのこと?」
「あそこには筋トレおじさんがいないハズデス。興味があるので一緒に行きまショウ」
おじさんはゼロ、主婦層が普段着で…「チョコザップ」の店内に驚き
チョコザップに入店した小杉は店内を眺めてうれしそうに声をあげた。
「ホントだ。筋トレおじさんが1人もいない」
今まで通っていたフィットネスジムとは客層がまったく違う。買い物帰りと思われる主婦層が多く、土足のまま普段着で運動している。
さっそく、小杉も普段着のままトレッドミルでジョギングを始めた。一方のマルクスは店内設備を「オーマイガッ」「ナルホド」と言いながら見て回っている。小杉が「マルクス、運動しないの?」と声をかけた。
「前からチョコザップに興味があって、調べているんデス」
安い代わりに完全無人…「超初心者層」に最適化された営業システム
ひと通り経緯を聞いた日吉は、マルクスに尋ねた。
「で、筋トレおじさんがいないのがSTP(※)とどう関係あるの?」
※編集注:Segmentation(セグメンテーション)、Targetting(ターゲッティング)、Positioning(ポジショニング)の頭文字をとったもので、マーケティング戦略のひとつ。市場全体を細かく分け、自分たちが勝てる市場を選び、勝てない市場を捨て、選んだ市場で、自社の位置付けを決めること。詳細は本記事内後掲[図表1]を参照のこと。
「チョコザップに筋トレおじさんがいないのは、STPを考えた結果デス。まずチョコザップは、フィトネス市場を3つに分けマシタ。ライザップに数十万円も払うような『ハイエンド層』、フィットネスジムの筋トレおじさんのような『普段から筋トレ層』、ムサシサンや買い物帰りの主婦のような、普通のフィットネスジムを敬遠する『超初心者層』デス。その中から『超初心者層』を顧客ターゲットに選んで、『ハイエンド層』『普段から筋トレ層』は捨てたンデス」
小杉が納得した声をあげた。「なるほど。だからチョコザップに筋トレおじさんがいないのか!」
「イエス! ターゲットに選んだ『超初心者層』はムサシサンのように、『運動したいけど、ガチはイヤ』と思ってマス。そういう人には、筋トレおじさんがいる普通のフィットネスジムは過剰サービスで、高過ぎマス。そこでチョコザップは、月会費税別2980円で、まさに『ちょこっとだけ運動したい人』に特化してサービスを提供してマス」
日吉が首を傾げて尋ねた。「普通のフィットネスジムは月1万円くらいかかるよね。チョコザップは2980円で儲かるの?」
「チョコザップの店舗は完全無人デス。入退室はスマホ認証、店内はAI監視カメラで安全性を確保して、店舗運営の人件費はゼロデス。シャワーもないので水回り工事も不要。『ちょこっと運動したい』人たち向けなのでマシンも簡素デス。チョコザップは低コストで運営できるので、2022年7月にサービスを始めて、17カ月目の2023年11月に黒字化してマス」
「『超初心者層』のターゲットに最適化してるワケね」日吉が納得した。
「そうデス。チョコザップの戦略は『超初心者層』に『1日5分から始められる着替え不要の初心者向け24時間ジム』というポジショニングを認識させることデス」
狙ったターゲットを確実に誘導する「4P」戦略
「このSTPを完成させれば、マーケティング戦略が完成ってこと?」
「これはまだ半分デス。このSTPを実現するために『4P』を考えマス」
日吉が「うわぁ。ヨンぴぃって、ヨン様♡のこと?」と頰をぽっと赤らめた。
「ケイコサン、レトロ趣味デスネ。『冬ソナ』ではありマセン。4つのPデス。STP実現のためのマーケティング施策を『製品戦略(プロダクト)』『価格戦略(プライス)』『販売チャネル戦略(プレイス)』『プロモーション戦略(プロモーション)』に分けて考えマス。この4つを、英語の頭文字を取って『4P』とか『マーケティングミックス』と呼びマス」
「なんでマーケティング施策がこの4つなの? それに販売チャネル戦略が、なぜ『プレイス』になるの?」
「グッド・クエスチョン! まずこの4つで、マーケティングでやるべきことがもれなくカバーできマス。この4Pの概念は1950年代に提唱されたのデスガ、当時の販売チャネルは主に店舗デシタ。だから『プレイス』なんデス」
日吉は納得しかけたが、また首を傾げた。「うーん。でもやっぱり、4Pのイメージがイマイチ湧かないなぁ……」
「チョコザップの4Pは、STPに基づいてマス。ムサシサン、チョコザップの製品戦略はどうなりマスカ?」
「えーと。土足や普段着もOKにして、スキマ時間で筋トレ習慣が身に付くように、初心者用の筋トレの機械を店に置くことかな」
「イエス! プロモーション戦略はボクも調べマシタ。ネットを中心に積極的に広告を展開していマス。口コミも重視しているようデス」
「価格戦略は、すべてコミで税別2980円というわかりやすい価格設定か……」
「そうデス! チャネル戦略では、スマホで入退店を管理して、AIカメラで店内を監視して完全無人で運営できるようにして、店舗運営を標準化・低コストにして、2980円という低価格を実現してマス」
[図表1]チョコザップのSTPと4P 出典:『【新】100円のコーラを1000円で売る方法』(KADOKAWA)より抜粋
日吉はマルクスがまとめたチョコザップのSTPと4Pを眺めながら言った。「じゃあ、マルクスはチョコザップにいつも通っているわけね」
マルクスはにこやかに笑って答えた。「マサカ。リサーチしただけデス。だってボク、筋トレおじさんデス」
そう言ってマルクスはシャツの袖をまくり、腕をあらわにした。顔からは想像できないバキバキの上腕二頭筋が現れた。小杉が呆れて言った。
「何だよ、そのオチは」
STPと4Pは、首尾一貫させるのがカギ
日吉は(うわっ)と顔をしかめて目を背けた後、STPと4Pの図を見ていたが、ふとつぶやいた。
「確かにチョコザップはSTPから4Pまで首尾一貫しているわね。こうしてSTPと4Pで戦略を考えればいいわけね」
「STP+4Pは、マーケティングでは基本中の基本デス。海外では『読み書き算盤』と同じレベルデス。でも、これを知らない日本人が多過ぎるんデス。オーマイガッ!」
「私、読み書き算盤も知らずにビジネスしてたってこと?」
「その通りデース!」
マルクスはニコッと笑う。すると日吉はいきなり紙に図を描き始めた。
「こんなの、速攻でつくれる気がするわ!」
10分後、日吉は「できた! これでどうよ?」と言って紙(図表2)を見せる。
[図表2]影武者のSTPと4P(日吉案) 出典:『【新】100円のコーラを1000円で売る方法』(KADOKAWA)より抜粋
マルクスはひと目見るなり、「オーマイガッ! 全然ダメデス」と頭を抱えた。
日吉がムッとして「どこが悪いのよ!」と言うと、マルクスは説明を始めた。
「まずお客の課題デス。お客が『中小企業の情シス担当者』なのはOKデス。でも、困りごとが『『影武者』を導入して「ひとり情シス問題」を解決したい』はダメデス。これはお客の声じゃないデス。お客は困った時に製品名なんて考えマセン」
「うう、確かに……」
「ポジショニングが『影武者を導入してムダを撲滅』となっているのもダメデス」
「そんなぁ。だって『影武者』でムダを撲滅するんでしょ?」
「ここはお客が『影武者』をどう認識するかを考えマス。だからここも製品名の『影武者』を入れちゃダメデス。ただ、STPはまだマシデス。4Pは滅茶苦茶デス」
日吉は「うわ。マジ!」と声をあげた。
「製品戦略が『影武者』とありマス。これ、戦略じゃありマセン。それに価格戦略が『安さを徹底的に訴求する』、販売チャネル戦略が『直販営業でガンガン売る!』、プロモーション戦略が『広告をバンバン打ちまくって目立つ』、なのは、ナゼデスカ?」
「ノリよ、ノリ。元気よく売った方がいいでしょ?」
「それ、戦略でも何でもありマセン。ケイコサンの趣味デス。STPと繫げるべきデス。点数を付けると、100点満点で20点デス。これでも大甘デス」
[図表3]影武者のSTPと4P(マルクス添削) 出典:『【新】100円のコーラを1000円で売る方法』(KADOKAWA)より抜粋
「うわ。そんなに低いの」とガックリした日吉の様子を見てマルクスは付け加えた。
「STPと4Pは、マーケティング戦略の根幹デス。本来、すべて首尾一貫して連携するように時間をかけてじっくりと考えるものデス。チーム全員でこれを腹落ちすれば、ものすごく強いマーケティング戦略になりマス。ケイコサン1人で抱え込んで考えずに、皆で一緒に考えるべきデス」
マルクスの言葉で日吉は少し元気を取り戻した。
永井孝尚
マーケティング戦略コンサルタント
ウォンツアンドバリュー株式会社 代表

