リーダーの使命とは何か──。

特に首相という国の命運を左右する職責を担うポストは、時に苛酷な運命を突きつけられる。

 今から50年前、1972年(昭和47年)、庶民宰相、今太閤とメディアに称賛されて登場した田中角栄元首相。『日本列島改造論』を引っ下げて繁栄から取り残されがちな地方の振興を図った。

 その後、石油ショック(73年)などに見舞われ、狂乱物価といわれるインフレにもなり、退陣を余儀なくされる。そこへロッキード疑惑も取り沙汰されて有罪判決も受ける。

 しかし、政策立案能力に優れた田中氏は道路財源の揮発油税などを創出。通産相時代には日米繊維交渉をまとめ、首相就任時には日中国交回復をやってのけた。

 田中氏の議員立法33本の記録は今も破られていない。氏の時代を読む先見性と行動力の成果は今も残っている。このことは、本人が逝去し、時が経って評価される。

 棺を蓋おおいて事定まる──。没後、その人の評価は定まるということ。社会の新しい仕組みを創り出すリーダーはその存命中、時には厳しい反発や仕打ちを受けることもあるが、没後、時が経って正当な評価を受ける。ある意味、苛酷な運命である。

 その田中角栄氏は首相就任時に秘書官たちにこう告げたという。

「首相になれば、官邸に悪い情報は上がってこないものだ。君たちにお願いするのは、わたしにとって悪い情報をできるだけ集めて欲しいということです。どんな事でもいいから、悪い情報を優先して、どんどん入れてくれるようにお願いしたい」
 
 通産省(現・経産省)勤務時代に、首相秘書官を務めた小長啓一さん(のちの通産事務次官)は、この時に田中首相から言われた言葉が強く心に焼き付いているという。

 政治家と官僚との関係がギクシャクとする今、リーダーのあるべき姿を感じさせる一コマである。

米良はるかさんの志
 コロナ禍で、人々も自由に動けず、分断状況も見られる。しかし、こんな時でも、人と人のつながりを求めて活動し、助け合う動きが見られる。

 クラウドファンディングのREADYFOR(レディフォー)の代表取締役CEO、米良はるかさん(1987年生まれ)の活動もそうだ。

 資金調達などで困っている企業や人たちに、サイトを通じて、一般からお金を集める仕組みを米良さんは開発。「誰もが挑戦を諦めなくて済む社会を」という考えで2011年に起業。

 コロナ禍の今、「誰かが誰かのことを思いやったり、誰かの立場に立って考えてみることの想像力が失われがちです」と言う。

 米良さんはこういう認識を示しながら、「1人ひとりの状況が悪くなっている今こそ、自分よりも大変な立場の人たちの気持ちに立って、できることをやっていくというのがものすごく必要ではないかなというのが、わたしが思っていることです」と語る(トップレポート参照)。

 人と人のつながりを考え直す今のコロナ危機だと思う。