ルイス・ネリ【写真:Getty images】

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2時間で450g減量は可能、元世界王者・伊藤雅雪「頑張らないのがネリ」

 ボクシングのWBC世界バンタム級王座決定戦は22日(日本時間23日)、前WBC世界同級王者ルイス・ネリ(メキシコ)が前日計量でリミット53.5キロを約450グラム超過してクリアできず。一発クリアした前IBF王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトルコ)との試合はキャンセルになった。キャリアの中で体重超過を繰り返す問題児。米国で2度の世界戦を経験した前WBO世界スーパーフェザー級王者・伊藤雅雪(横浜光)が「THE ANSWER」の取材に応じ、お騒がせ男の失態、ボクシング界のあるべき姿について語った。

 伊藤は18年7月、日本人では37年ぶりに米国で世界王座を獲得する快挙を成し遂げた。日本で初防衛後、今年5月には再び米国のリングで戦った。王座陥落となったが、米国人相手に完全アウェーの世界戦を経験。プロキャリアで当たり前のように計量をクリアし、慣れない敵地での減量も乗り越えた。

 ボクシング界を揺るがす悪童ネリの計量失敗。初犯ではない。7月のフアンカルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)戦でも1度目の計量でオーバー。18年3月の山中慎介とのタイトルマッチでも1度目に2.3キロ、再計量も1.3キロの体重超過で試合前にタイトルを剥奪されるなど、問題を繰り返していた。山中はそれでもリングに上がったが、ネリ相手に2回TKO負けを喫していた。

 今回のネリの失態について、伊藤は率直な印象を明かした。

「あいつはやばいですよね。あまり考えていないように見えます。あそこまでやると、本当に追放されてしまいますよ。あと1ポンド(約450グラム)だったので、メキシカンというくくり方をしてはいけないかもしれませんが、ラテン系特有の雑さがあるなと思いました。日本人は1ポンドだったら、倒れるまで落とすじゃないですか。そこまで頑張らないのがネリらしい」

 残り450グラム。公式行事で行われたロドリゲスとのフェースオフなど、計量前のネリの体を画像で見た伊藤は「体格を見ていたらロドリゲスより、全然小さかったですし、落ちるでしょって思います。そこを落とさないのがネリらしい。やっぱりルールの中でやっているので、ああいうのはダメですよね」と強調した。映像を見る限り、計量台に向かうネリは、いわゆる“ヘロヘロ”の状態には見えない。本人にしか感覚はわからないが、外から見れば余裕があるように映った。

「450グラムなんて、頑張ったら落ちますからね。2時間あれば、450グラムは絶対に落ちるはず。それか倒れるか。(ネリが)そうとうカツカツの状態で来ていたとしても、倒れていない。究極までやらないと。それで死んだら元も子もないですけど。だったら、階級を変えるか、長期間試合をしてはいけないとか、罰金をいくら払うとか、そういう覚悟で計量会場に来るべき。体重が落ちていないとわかっているのであれば」

 ボクサーは公式計量に臨む前に予備計量を行い、自身の体重をチェック後、調整してから“本番”に向かうこともできる。ネリがオーバーを承知の上で公式計量に臨んだと捉えられておかしくない。

 ネリは将来的にWBAスーパー&IBF王者・井上尚弥(大橋)との対戦を熱望し、井上に対して再三、挑発していた。井上はネリ戦の中止決定からほどなく、ツイッターを更新。「ネリどうしようもねぇな、、また計量失格」と切り出すと「こんな奴にゴタゴタ言われたくない。ボクシング界から追放でいい」と切り捨てた。常に紳士的で冷静な井上にしては珍しく、怒りを露わにした文面だった。

 伊藤は「井上君が怒るのも当たり前ですし、あんなのは業界がみんな怒りますよ。あれをそのままにしておくのがよくない」と同調。「罰金ももっと払わせるべきだし、させないような形を作らないと、これからネリみたいなやつがいくらでも出るかもしれない」と説いた。プロとして計量をクリアするのは当たり前。この過酷さを知る伊藤も、プロ29戦を全て乗り越えてきた。

伊藤は約13kgの減量経験「やると決めたら落とす」、日本は18年夏に厳罰策定

「(減量が)難しいのもわかるんですよ。自分も何回もスーパーフェザー級(58.9キロ以下)で落としてきた。ライト級(61.2キロ以下)の方が楽ですけど、やっぱりスーパーフェザー級を選ばざるを得ないという事情もある。けど、やると決めたら落とさないといけない。

 でも、体のことなのでどうしても脱水症状になったり、何かが絶対に起きてしまう。これはしょうがないと言ってはいけないかもしれないけど、しょうがないものなんです。そこ(過酷さ)はわかるけど、それでも(計量失格を)2回、3回やるというのは、かなり気持ちの弱さ、適当さが出てしまっている」

 プロデビューから日が浅い頃には、フェザー級(57.1キロ以下)で約13キロの減量を経験。それまでより階級を1つ落としたことで地獄を見た。だが、プロとして試合を受けたからには、死に物狂いで落とさなければならない。

 落とす重さは人それぞれだが、ボクシングは互いに苦しみを乗り越えたからこそ、リング上で相手への敬意が生まれる。伊藤も「そうです。だから、試合ができる。だから、ネリは失格だと思います。そこの戦いに勝てないので。相手をリスペクトできるかどうかもそこ。それがない。本当に問題があるなと思います」と語気を強めた。

 現状では、計量失格となった場合の世界的なルールが存在するわけではない。国内では18年夏に日本ボクシングコミッション(JBC)が新たな罰則を策定した。前日計量でリミットの3%を超えた場合は即試合中止となる。3%未満の超過なら2時間の猶予が与えられ、この間は何度でも再計量できる。2時間の猶予後も3%未満の超過だった場合、計量失格で試合中止にするか、中止にしない場合は試合当日に再計量を義務付ける。

 当日計量でリミットを8%以上超過した場合、試合は中止。さらに試合中止となった場合は、ファイトマネー相当額の制裁金、1年間のライセンス停止処分、1階級以上の転級の義務付け、超過した選手のマネージャーへの戒告処分が科される。3%未満の超過で試合を中止しない場合でも、ファイトマネー相当額の20%の制裁金、6か月の資格停止処分、マネージャーへの戒告処分が科される。

 山中戦1度目の計量でリミット53.5キロを2.3キロ(4.3%)超えたネリは即試合中止となる。これらの細分化された罰則は世界的にも珍しいが、あくまで国内だけ。海外で明確な規定がないことに、伊藤は「罰せられないといけないですし、1回目でもダメなものはダメ。罰金なり、試合を1年やらせないとか、何か明確なルールを作らないと、どんどん出てきてしまう」と嘆いた。

試合中止の「厳粛さ必要」、ルールのない海外の現状に嘆き「ファンに明確じゃない」

 興行の規模が大きくなればなるほど、チケットやテレビ中継の関係で試合を中止しづらくなるという事情もある。伊藤は「興行上、試合をやらせてしまうのはしょうがないという部分もあると思いますけど」と一定の理解を示した上で「やっぱりやらせない厳粛さもかなり必要になってくる」とルールの必要性を説いた。

「ただ、計量失敗が全て悪いとは思わない。計量失敗はいけないことですけど、体のことなので、どれだけ楽な減量でも、どれだけ厳しい減量でも、起きてしまうときは起きてしまう。僕はそれに対する厳罰、適正な処置が必要だと思います。

 1年間、試合をさせないならさせない、罰金なら罰金、何か決まりを作らないと。(ファイトマネーの)10%だけ渡して試合ができるとなったら、『別にいいや』と思って、(意図的な超過を)やる人がいっぱい出てくる。まず、計量失敗の時点で試合はさせない。これは僕はマストだと思います。興行がどうなろうと、させないことが大事。その上でどういう処置をするか、ルールとして決めることが凄く大事になる」

 ネリは山中戦での体重超過後、ファイトマネーの支払いを一部凍結され、JBCから永久追放処分を受けた。しかし、これは日本国内で試合ができないだけで、米国や母国・メキシコでは試合可能。WBCからは6か月の出場停止処分を科されたが、年に2、3試合しか行わないボクサーにとって重罰とは言えないものだった。伊藤は言う。

「実際、6か月試合をしないのは、結構簡単ですからね。1回失敗したら1年間、せめて10か月ですよね。それくらいは試合をさせない、罰金もファイトマネーの何%は払わせるとか、何かしらないと。団体ごとでもいいので、決まりを作らないといけない。

(ファンに)明確じゃないですからね。自分にもリスキーになるけど、計量失敗が本当の悪になるというか、僕はそこのルールがないことの方が悪なのかなと思う。だからそういう人を生んでしまう。ネリの精神論(考え方)と、僕の精神論と、他の選手の精神論は違うので、ルールで裏付けされていれば、計量失敗した人たちを一定に厳罰できる。ルールがないのが一番の問題かなと思います」

 度重なるネリの騒動で話題に上がった問題。長い歴史があり、崇高なスポーツとされるボクシングは、良い方向に進むのだろうか。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)