現地識者が語る“最古の世界大会”「コパ・アメリカ」の魅力。欧州にない泥臭さと究極のライバル意識、そして――
互いに知り尽くした者同士の戦いには独特の因縁がある。例えば、世界最古のクラシコと言われるアルゼンチン対ウルグアイや、「マラカナンの悲劇」と呼ばれる50年のブラジルW杯決勝のカードであるブラジル対ウルグアイ、そしてアルゼンチン対ブラジルといったように南米の3大強国による試合は、タイトルが懸かっていなくても絶対に負けられない試合として、真剣勝負が繰り広げられる。
マーケティング分野における最先端の技術とトレンドを駆使してクールに見せる欧州選手権とは違い、どこか垢抜けておらず、洗練されていない野暮ったさがあるものの、情熱では誰にも負けないサポーターたちが生み出す熱気は、コパ・アメリカの魅力の一つだと私は思っている。
私がこれまでに取材した中で一番印象に残っているのは、89年のブラジル大会だ。アルゼンチンに住み始めてから3か月、当時20才だった私は、右も左もわからないままひとりでブラジルに行き、アルゼンチン代表のベースとなったゴイアニアに滞在していた。
宿泊先は代表チームと同じホテルで、思い返せば、ずいぶん贅沢をしたものだが、毎日、ディエゴ・マラドーナやクラウディオ・カニーヒアを間近で見ては感動し、アルゼンチン・サッカー協会のフリオ・グロンドーナ会長(故人)にロジスティック面でかなり世話になった。さらにカルロス・ビラルド監督からは会見での質問の仕方を教わり、滞在中に具合が悪くなった時も代表専属のドクターに診てもらうなど、まるでチームの一員のように扱ってもらうという貴重な体験をした。
また、この大会では、チリ代表のドクターと知り合い仲良くなったのだが、それから2か月後に行なわれたイタリアW杯予選で起きた、あの「ロハス事件※1」に関与していたとして、サッカー界から永久追放されてしまった。
とても優しく、誠実な人間という印象だっただけにショックだったが、同時に「南米諸国間の戦いは人を極限まで追い込むものなのだ」と妙に納得したことを覚えている。
※1=90年イタリア・ワールドカップの南米予選で、ブラジルと対戦したチリのGKロベルト・ロハスが、スタンドから投げ込まれた発煙筒が頭に当たったと偽装するため、自ら剃刀で傷を付けた事件である。
子連れ取材となった95年のウルグアイ大会と99年のパラグアイ大会も忘れ難い。
次女を妊娠していた95年大会では、1歳の長女と大きなお腹を文字通り抱えながら観客として観戦し、決勝後は妊婦の立場も忘れてウルグアイの優勝に沸く街中の歓喜の渦に飛び込んだ。
そこで出会った老人から「最多優勝数を誇るウルグアイこそ真の南米チャンピオンだ。我々はブラジルもアルゼンチンも恐くない。逆に彼らは我々を恐れているんだ」と熱弁され、“南米の小国”に根付く古豪のプライドを思い知らされた。
日本代表が初めて招待された99年大会では、現地でベビーシッターを雇っての取材となったが、首都アスンシオン以外の会場ではシッターを見つけられず、シウダー・デル・エステで、アルゼンチンがブラジルに2-1と敗れて敗退した瞬間はテレビで見届けた。
その後、マルセロ・ビエルサ監督のチームは02年の日韓W杯の優勝候補と謳われるほどの強さを発揮するようになったが、結局、この時のコパ・アメリカと同じくブラジルが優勝、アルゼンチンは早期敗退となり、横浜でロナウドが黄金トロフィーを高々と掲げる光景を見ながら3年前にパラグアイで噛み締めた悔しさを思い出した。
