【選手権】青森山田「7番と10番」の物語。熱き想いは伝統となって引き継がれていく
青森山田にとって7番と10番は特別な意味を持つ背番号だ。かつて、この2つの番号は『ダブルエースナンバー』と呼ばれ、チームの中核を担う選手が託されて来たが、現在はそのダブルエースナンバーの意味が変化し、7番が『次世代のエース』、10番が『エース』となった。
この流れになったのはつい最近で、第一号は高橋壱晟(ジェフ千葉)だった。一昨年の1月に東京Vユースからやって来たMF神谷優太(愛媛FC)が10番を背負うようになったことで、高2の高橋は7番を託され、『ダブルエース』となった。神谷の卒業後、空いた10番に7番だった高橋がスライドする形で10番を背負い、その時に7番を引き継いだのがMF郷家友太(3年)だった。
「1月の東北新人大会のときは8番だったのですが、3月のサニックス杯から7番をつけることになって、前の年に壱晟さんが付けて活躍をした番号だったし、椎名伸志さんや差波優人さん(共にカターレ富山)など歴代の偉大な先輩たちも背負っていた番号だったので、すごく重く感じた」
そのプレッシャーに打ち克ちながら、メキメキと頭角を現わしていった郷家は、今年1月の新人戦で10番を背負った。選手権優勝直後とあって、大きな注目を集めるなかでの10番は、7番以上に大きなプレッシャーがあった。
「気持ちの中では『3年になるときに10番になるだろうな』と思ったし、覚悟は決めていた。でも、実際に1月の東北新人大会で10番を初めて背負ったときにすごくプレッシャーになった。青森山田の10番は一番点を獲って、一番ボールに触らないといけない番号。7番以上に自覚と責任が生まれました」
ちょうどその時、郷家から7番を引き継いだのが、2年生の檀崎竜孔だった。
「7番の意義は分かっていたし、もう甘えられないと思った」
檀崎もまた郷家のようにプレッシャーを感じて、今年をスタートさせた。そして、今年のチームの7番と10番は、常にピッチの上に立ってチームの攻撃を牽引してきた。郷家はU-18日本代表としても活躍するとともに、ヴィッセル神戸への入団も内定し、高橋の後を追うように来季はプロの世界に羽ばたくこととなった。
迎えた選手権。初戦の草津東戦こそ郷家が2ゴール、檀崎は郷家の先制弾をアシストするなど、エースナンバーに相応しい活躍を見せた。しかし、3回戦の長崎総科大附戦では2人は、相手のタイトなマークに苦しめられ、チャンスは作れど、ゴールをこじ開けることが出来なかった。
結果は0-1の3回戦敗退。2連覇という偉業を成し遂げることができなかった。
「10番の責務を果たしきれなかった。本当にみんなに申し訳ない気持ちでいっぱいです」
試合後のミックスゾーンで、大勢のメディアに囲まれた郷家は唇を噛んだ。その脇を、目を真っ赤に腫らした檀崎が通り過ぎて行った。囲みが解け、ひとりになった郷家に改めて思いを聞くと、こう口を開いた。
「7番と10番。この2つの番号が僕を成長させてくれた。これからの青森山田は(檀崎)竜孔がこの道を歩んで行くと思う。だからこそ、試合後のロッカールームで泣いている竜孔にだけ『来年はお前が引っ張って優勝を目指せ』と声を掛けた。10番を背負ったら、今年以上にゴールと責任が求められるからこそ、今から覚悟を決めて、重みを感じながら自分とチームに向き合ってほしい。大変なことだけど、竜孔ならできると思います」
熱い想いは伝統となって、また引き継がれ、さらなる重みを増す。偉大な先輩から心のこもったメッセージを受けた檀崎は、最後にこう決意を口にした。
「7番を背負って1年間試合に出させてもらっていたにもかかわらず、結果を出せなかったのは、自分の甘さ以外何物でもありません。自分のピッチ内外での甘さを嫌というほど痛感したし、先輩たちには申し訳ない気持ちしかありません。だからこそ、もし10番を引き継がせてもらったら、こんな甘さを持っているようじゃ、みんなに示しが付かない。より自覚と責任を持って取り組みたいし、友太さんや偉大な先輩たちに恥じない存在になりたい」
取材・文●安藤隆人(サッカージャーナリスト)
