異色のYouTuberカリスマブラザーズ・ジョージはなぜYouTubeを選んだか?

撮影/平岩 享 取材・文/黒豆直樹 制作/iD inc.
ヘアメイク/小田昌弘(coo et fuu)

スベった!? 編集ができないライブの難しさを痛感
――1月29日のU-FES.プラス! は、かなり多くの人が足を運んだようですね。
いや、それが……ホント、スベっちゃって(苦笑)。へこんでます。
――何をやらかしたんですか?(笑)
1発目に、「盛り上がってるか!」ってやって、そこまではいいんですよ。その後、あるイベントで僕の好きなYouTuberがやった、「YouTube!」ってコールがどうしてもやりたくて。やったんですけど、サーっと引いてく感じで(苦笑)。
――ノリで「イェー!」とか「YouTube!」ってレスが来そうな気もしますけど、お客さんもその一瞬、どう返していいか迷ったんでしょうか…?
そうかも…。0.2秒くらいで波が引くのを感じて、「おぉい!!」って自分でツッコミを入れました。うちの親が来てたけど、あれを見て自分の息子はたいしたことないって思って帰ったんじゃないかと…(笑)。


――普段、ご自身のチャンネルでは英語を題材にしたネタをはじめ、いろんな作品をアップされてますが、やはりライブとは違う?
全然、違いました! 動画ってやはり編集次第で面白くなるところがあります。TVとか映画と違って、“間”を使わずにテンポよく詰めていくんです。約5〜6分の動画を、視聴者の皆さんはスマホで、寝る前とか電車で見られることが多いと思うので。飽きられたらダメなんです。
――ライブは編集なしで、そのままのやり取りが見られていて、求められているものがまったく違う?
まさに! すごく難しかったです。だだスベリでした…ホントもうイヤだ!(苦笑) じつは僕ら、前回の2015年のU-FES.TOUR2015にも出させてもらったんです。そのときのリベンジの気持ちもあったんですけど…。
――リベンジ?
そのときは舞台に立てず、メインの合間で、中継での参加で…。外に出ても、だれにも見向きもされず、それがすごく悔しかったんです。
――その意味では、スベったのはともかく(笑)、今年は周囲の反応もまったく違ったのでは?
全然違いました。大阪、福岡、東京と回ったけど、どこに出ても「キャー!」って言ってもらえたし(笑)。あぁ、ここまで来たんだなって。当然ですけど、YouTuberってチャンネルそのものが評価されるもので、数字を上げるのはクリエイターの頑張り次第。若くても、数字を持っていれば成り上がれるというカルチャーはすごく好きですね。


“YouTube業界”の将来を見据えて、いま思うこと
――いまの時代に「成り上がる」って言葉もなかなか聞かなくなった気がしますが、若い人が実力で勝負できる場所なんですね。
そう思います。夢がつまってるなと。HIKAKINさんとか、はじめしゃちょーってスターですけど、僕らも彼らを見て、「こんなふうになりたい!」って夢見てYouTuberを始めたし。魅力的な世界です。でなければ、こんなにいろんな大人が集まってこないでしょ?(笑) まだ、エンターテインメントの世界では新参者ですけど。
――まだまだ“仕事”“エンターテインメント”としての認知が高いとは言えませんが…。
そのギャップを埋めていくのが僕らであったり、UUUM(ウーム/ジョージ、HIKAKIN、はじめしゃちょー、アバンティーズらYouTuberが数多く在籍するプロダクション)の仕事だと思います。

――お話をうかがっていると、ひとりのYouTuberという立場を超えて、“YouTube業界”の将来を冷静に見据えているようにも思えます。
まだまだ僕らは芸を磨かないといけない立場ではありますが、少し先を見ているという部分はありますね。もしかしたら、そこまで考えているクリエイターは多くないかもしれない。
――まず、自身の作品をアップして多くの人を楽しませたい、自分自身も楽しみたいという意識で始める人が多いかと。
もちろん、その気持ちで入ってこないと作れないし、続かないとも思いますが、僕はやっていくうちにスイッチが“次”に切り替わりますね。やってみて、「あ、これはショービジネスなんだ」と。そのうえでこの先、業界全体がどうなっていくか? そういうことを考えるのが、もともと好きなんですね。

シアトルを拠点にした理由…「縁を感じてます」
――少しずつ、カリスマブラザーズのジョージの本質が見えてきました…。ここに至るまでも含めて、じっくり掘り下げていきたいと思います。まず、子どもの頃、どんなお子さんだったかを聞かせてください。
そこまでさかのぼるの?(笑) これは想定外かも…。でもふと、いまやっている仕事と子ども時代が結びついた瞬間がありまして。小学生の頃、絵を描くのが大好きだったんですよ。小さい頃は、母親がゲームとかを買ってくれなくて、与えられたのは鉛筆と大学ノートの束(笑)。
――なかなかワイルドな教育方針ですね(笑)。
そこに自分で「ガー!」とか声を出しながら、コマ割りまでして漫画を描いたりしてましたね。より上手に描きたくて、誰に教わるでもなく自分の手をスケッチしたり。それからも絵を描くのは好きで、美大やデザイン系の学校に進もうかとも思ったんですが、なぜかそれにも飽きちゃって(苦笑)。どうしようかって…。
――そこで選んだのは…?
高校がたまたま、帰国子女が多い学校だったんです。高2で一度、アメリカに行く機会があって、そのときに何の根拠もなく「ここだ!」と思ったんです。


――そうしてシアトルへ。偶然とはいえ、西海岸がマッチしていそうですね?
そうなんですよ。どう考えても西! 東海岸はないですね(笑)。昔、幼稚園の頃に一度だけハワイに行ったことがあって、そのときに、自分用のおみやげにって、たくさんあるなかから選んだのが、シアトル・マリナーズの帽子だったんですよね。運命というか、縁を感じてます(笑)。
――渡米した時点で英語は問題なかった?
いや全然(笑)。最初に入ったカフェでココアをオーダーしたら、「は?」という顔をされて。そこで本当の発音は、「コウコウ(=cocoa)」だって知って衝撃を受けました(笑)。
――アメリカの人々のハッキリと自己主張をするところは、性に合っていた?
合ってたんでしょうね。でも、僕自身も日本人的なシャイなところは強いです。そういうのが向こうで吹っ切れたのは…去年の10月くらいとかですよ。
――意外と最近ですね。
向こうは、たとえば自分の意見を言う機会があれば、手をあげて発言するんです。ただ、日本人はなかなか意見を自ら言えなかったりする。でも僕の場合は、「どうせ完全に正しい英語で言えるわけじゃないんだから、好きなことを言おう。意味の分かんない単語はコソコソ調べずその場で聞こう」って、やっと吹っ切れたんです。
――ジョージさんも、わりと日本人的なところはあるんですね?
めっちゃあります! シャイだし、でもそれを隠すために、調子に乗ってるし(笑)。だから、そこしか見ない人には第一印象で嫌われます。