トッテナムからアーセナルへと移籍した10名の男たち
ついに本日のランチタイム(日本時間では5日21時45分)にキックオフを迎えるノースロンドンダービー。
両者の激しいライバル関係だけではなく、今季は優勝争いの直接対決でもある。否が応でも世界中の注目を集める一戦となるだろう。
火花を散らすトッテナムとアーセナルであるが、この間には意外と選手のやりとりが行われていることでも有名。
今回は逆にトッテナムからアーセナルへと移籍していった人物をまとめてみた。
ジョージ・ハント
トッテナム所属:1930〜37
アーセナル所属:1937〜38
#onthisday 1910 #THFC 6th all time record goal scorer George Hunt, centre forward 1930-1937, born #COYS pic.twitter.com/w7gEnv8IrY
- Spurs Nostalgia (@thfcnostalgia) 2016年2月22日
トッテナム・ホットスパーの伝説的なストライカーであるジョージ・ハント。公式戦198試合の出場でありながら138ゴールという凄まじい記録を残しており、得点率ではあのジミー・グリーヴスに並ぶ。
1937年の退団語はアーセナルでプレーしたものの、わずか3ゴールと期待外れに終わり、1年でボルトン・ワンダラーズへと去っている。
晩年はアルツハイマー病に悩まされ、1996年に86歳で死去している。
フレディー・コックス
トッテナム所属:1938〜49
アーセナル所属:1949〜53
126. Freddie Cox, Winger (1939-49; 105 apps - 18 goals) #FormerSpursPlayer pic.twitter.com/Vljcj3N2hE
- Indonesia Spurs (@IndoSpurs) 2013年8月18日
名ウインガーとして知られたフレディ・コックスは、ノースロンドンの両チームで長い時間を過ごした選手の一人だ。
第2次世界大戦では空軍の名パイロットとして活躍し、その後サッカーでその才能を見せつけた。
現役引退後は指導者になったが、1970年を最後にサッカー界から離れ、1973年に52歳という若さで死去している。
ヴィック・グローヴズ
トッテナム所属:1952〜53
アーセナル所属:1955〜64
RIP former #Arsenal captain Vic Groves (uncle of Perry Groves) pic.twitter.com/VCiC2nPGAk
- goonerN7 (@goonerN7) 2015年1月30日
アーセナルで怪我に苦しみながらも長くプレーした名選手として知られるが、20歳の時には少しだけトッテナム・ホットスパーに所属し、4試合で3ゴールを決めている。
1965年に現役を離れた後は保険業やパブで働き、サッカー界からは離れた。しかしその一方で、甥のペリー・グローヴズは1980〜90年代にアーセナルで活躍した。
ジミー・ロバートソン
トッテナム所属:1964〜68
アーセナル所属:1968〜70
#FromTheVault Jimmy Robertson - Tottenham - Winger 1963-69 Made 182 Appearances #thfc pic.twitter.com/oX6etrT8Mk
- Martyn Bishop (@MartynBCFC) 2014年6月20日
スコットランド代表経験を持つウインガー。デイヴィッド・ジェンキンスとのトレードによってトッテナムからアーセナルへと移籍している。
なお、ノースロンドンダービーで両チームにゴールをもたらした選手はアデバヨールと彼だけである。
スティーヴ・ウォルフォード
トッテナム所属:1975〜77
アーセナル所属:1977〜81
#FromTheVault Steve Walford - Arsenal - Defender 1977-80 Other Clubs inc Tottenham, Norwich & West Ham #afc pic.twitter.com/CvOzM2lVGf
- Martyn Bishop (@MartynBCFC) 2013年12月1日
現在アイルランド代表、そしてボルトン・ワンダラーズでアシスタントマネージャーを務めている。ニール・レノンやマーティン・オニールのパートナーとして辣腕を振るう。
そんな彼も現役時代はトッテナムでデビューした経験を持ち、その後アーセナルでプレーしたというキャリアを過ごした。また、ウェストハムでもプレーした。
ウィリー・ヤング
トッテナム所属:1975〜77
アーセナル所属:1977〜81
Tottenham Hotspur Vintage: Willie Young, 1976 #Spurs #THFC pic.twitter.com/mT41opimah
- Beyond The Last Man (@BeyondTLM) 2013年12月18日
ウォルフォードと全く同じタイミングでトッテナム、アーセナルと移った屈強なディフェンダーとして知られた。クラブの中心的DFとしてハイバリーでは170試合に出場している。
引退後はノッティンガムでパブを経営するとともに、犬のブリーダーとしても活躍しているという。
パット・ジェニングス
トッテナム所属:1964〜77、1985〜86
アーセナル所属:1977〜85
Tottenham's Pat Jennings pic.twitter.com/2WbVjaMP0F
- Vintage Football (@VintageFutbal) 2016年1月19日
イングランドサッカーの歴史上最高クラスのゴールキーパーとして知られるジェニングスが活躍したのも、トッテナムとアーセナルだった。
トッテナムでは590〜591試合、アーセナルでは327試合に出場。現在ホワイト・ハート・レーンには「パット・ジェニングス・ラウンジ」が設けられており、ファンと交流することもある。
ソル・キャンベル
トッテナム所属:1992〜2001
アーセナル所属:2001〜2006、2010
Do you remember what you were doing when he signed for #Arsenal ? Sol Campbell pic.twitter.com/7zmmPcu2HK
- David (@GoonerEngler) 2016年2月16日
近年で最も有名なトッテナム→アーセナルの選手としては、やはりこのソル・キャンベルだろう。圧倒的なフィジカルを武器に、この2クラブで14年を過ごした。
もちろんハイバリーでは「インビンシブルズ」の一員として無敗優勝を経験。そしてハイバリー最終年度とともにポーツマスへと移籍した。
ノッツ・カウンティで「騙された」という短い所属期間を終えた後、2010年にもアーセナルで練習参加から半年間の契約を勝ち取っている。
ハーバート・チャップマン
トッテナム所属:1905〜07
アーセナル所属:1925〜34(監督)
Today Herbert Chapman would of been 138 #HappyBirthday @arsenal #Arsenal pic.twitter.com/gX9XtWH2Uf
- The Alma Islington™ (@TheAlma_N1) 2016年1月19日
イングランドサッカーの歴史を変えたと言われている名マネージャーの一人、ハーバート・チャップマン。アーセナルでWMシステムを考案し、その後の戦術に大きな影響を与えた。
選手としては彼はそれほど実績がある人物ではないのだが、現役時代にはトッテナムでプレーし、FWとして16ゴールを決めた経験を持つ。
彼は1907年にエンジニアの道に進むために引退を決断したが、ノーザンプトン・タウンが選手兼監督としてのオファーを送った。そして、これが彼をサッカー界に残すきっかけになったわけだ。
テリー・ニール
トッテナム所属:1974〜76(監督)
アーセナル所属:1959〜70(選手)、1976〜83(監督)
TERRY NEILL: #Arsenal (1959-70) and Hull City (1970-73) #ARSHUL #FACup #played4both pic.twitter.com/u0QkwRTxp9
- The Rothmans Years (@RothmansYears) 2016年2月20日
アーセナルで241試合に出場した経験を持つセンターバックである。1973年にハル・シティで引退した後、すぐに指導者に転身。この時28歳で、当時は歴史上最年少だった。
1974年にトッテナムの監督となり、そして2年後にアーセナルを率いることに。この時もまだ34歳で、これも同クラブ史上最年少記録であった。
さらに監督としても41歳という若さで引退。その後スポーツバー事業に進出するとともに、ライターとしても活躍。現在はロンドンに本拠地を置くメディア、印刷企業のThe Hubで事業開発部門のチーフを務める。
