「不倫しても慰謝料ゼロ」の3条件とは? 元裁判官が解説する“独身偽装”と“婚姻破綻”の境界線
元夫が妻の不倫相手に330万円の賠償を求めた訴訟。一審は請求棄却、二審は不貞を認め55万円の支払いを命じた。離婚届を見せられていた事情や婚姻関係の破綻時期を踏まえ、最高裁は先ごろ弁論を開き二審判決を見直す可能性が出てきた。判決は6月5日。
“白ブリーフ判事”こと元裁判官の岡口基一氏は、「高松高裁不貞慰謝料請求訴訟」について独自の見解を述べる(以下、岡口氏の寄稿)。
既婚者と不貞関係になっても、慰謝料を支払わずに済む場合は三つある。
一つめは、相手が既婚者だと知らずに不貞行為をした場合である。もっとも、自分の不注意から知らなかったのであれば「過失」と認定され、慰謝料は発生する。
二つめは、不貞時にその夫婦関係がすでに破綻していた場合である。正式に離婚していなくてもよい。夫婦関係が冷えきり、修復がほぼ不可能な状態なら、その相手と不貞関係になっても不法行為には当たらず、慰謝料も発生しない。これは最高裁判例であり、実務もこれに従っている。だから、この種の訴訟では、不貞時に夫婦関係が破綻していたかどうかがしばしば争点になる。
三つめは、実際には夫婦関係が破綻していないのに、不貞相手が「夫婦関係は破綻している」と信じていた場合である。こちらも、その認識が不注意によるものであれば「過失」があったとされ、やはり慰謝料は発生する。
今回取り上げる裁判は、妻がパート先の飲食店店長Aと肉体関係をもち、その数か月後に夫婦が離婚した事案だ。
’25年2月に高松高裁が出した判決によると、元夫は妻の不倫相手Aに330万円の慰謝料を請求した。これに対し高裁は、この手の事件では比較的少額ながらも、55万円の支払いを命じている。
妻はAに、夫とのメールのやりとりや離婚届を見せたうえで、「夫とは離婚した」と説明していたという。これに対しAは、女性の言葉を信じて関係を持つに至る。だが、この離婚届をよく見ると、夫の署名はない。高松高裁は、Aが妻の離婚話をうかつに信じたことが「過失」に当たるとして、Aを敗訴させた。つまり、先に記した一つめ、不注意で既婚者とは知らなかった場合の問題と位置づけたわけだ。
◆個人的価値観で、結論ありきの判断
しかし、離婚届を注意深く見なかったというだけで、Aが慰謝料を支払わされるのはいかがなものか。近時、独身偽装が社会問題となっているが、Aはむしろ、その被害者である。
しかも、この判決は先に挙げた二つめと三つめを検討していない。この夫婦は、Aと妻の不貞があってから数か月後に離婚している。不貞当時、夫婦関係がすでに破綻していた可能性は十分ある。それを認めるだけの証拠がないとしても、Aがそう信じていたのであれば、三つめの場合に当たる。
この事件は、Aの上告により最高裁に係属し、Aは法廷で、「メールのやりとりや離婚届を見せられ、婚姻関係は破綻していると思っていた」と供述した。
妻の署名しかない離婚届は、離婚したと信じる根拠にはならないかもしれない。だが、「夫婦関係が破綻している」と受け取る材料にはなり得る。
要するに、高松高裁の裁判官らは、判断すべきことを判断せず、「不貞をした者を勝訴させるべきでない」という個人的価値観で、結論ありきの判断を示してしまったということだろう。
この事件は、最高裁では尾島明裁判長の部に係属した。理論派として知られる裁判長であり、高松高裁判決は最高裁で見直されることになりそうだ。
<文/岡口基一>
―[その判決に異議あり!]―
【岡口基一】
おかぐち・きいち◎元裁判官 1966年生まれ、東大法学部卒。1991年に司法試験合格。大阪・東京・仙台高裁などで判事を務める。旧Twitterを通じて実名で情報発信を続けていたが、「これからも、エ ロ エ ロ ツイートがんばるね」といった発言や上半身裸に白ブリーフ一丁の自身の画像を投稿し物議を醸す。その後、あるツイートを巡って弾劾裁判にかけられ、制度開始以来8人目の罷免となった。著書『要件事実マニュアル』は法曹界のロングセラー
