球場が騒然となった「衝撃の瞬間」… 伝説の珍プレーの“真相”とは!?
巨人のルーキー・竹丸和幸が4月10日のヤクルト戦で、投球時にバランスを崩して転倒しながらも、捕手・岸田行倫の好アシストで三塁を狙った二塁走者をタッチアウトに仕留める珍プレーを演じ、話題を呼んだ。珍プレーは1980年代初頭からテレビのスポーツバラエティ番組でさまざまなシーンが放映され、多くのファンを楽しませてきた。ゴールデン・ウィーク企画として、その中から「伝説」の名にふさわしい出色の珍プレーを4回にわたって紹介する。今回は第1回だ。【久保田龍雄/ライター】
サッカーのヘディングのように
長いプロ野球の歴史の中で、「珍プレー」という一ジャンルをクローズアップさせるきっかけになったという意味でも、“究極の珍プレー”と呼べそうなのが、中日・宇野勝の“ヘディング事件”である。1981年8月26日の巨人戦、中日の先発・星野仙一は6回まで2安打無失点。巨人が前年8月4日の広島戦から続けていたセ・リーグ記録の連続試合得点も「159」でストップするかに思われた。

2対0の7回、ファースト・谷沢健一のエラーをきっかけに1死二塁のピンチを招く。後輩の小松辰雄と「どちらが巨人の記録を止めるか」で10万円を賭けていた星野は、「ここが踏ん張りどころ」とトマソンを打ち取って2死。続く山本功児もショート後方に高々と飛球を打ち上げ、宇野が落下点に入る。誰もがスリーアウトを確信した。
ところが次の瞬間、両軍ナインもスタンドのファンも揃って口をアングリさせるハプニングが起きる。上空の強風が影響したのか、ボールは宇野のグラブではなくおでこを直撃。サッカーのヘディングのようにポーンと大きく跳ねると、レフト・大島康徳の脇をすり抜けて左翼線を転がっていった。
「ボールを見失ったのではない。追いかけたために体が揺れて、それであんなことに……」(宇野)
この間に二塁走者・柳田真宏が生還し、巨人の連続試合得点記録は「160」に更新。その横で星野がグラブを叩きつけて悔しがった。
「あんな(ヘディング)プレーをオレは初めて見たが、宇野に腹が立ったわけではなく、完封が逃げたと思ったから……」(星野)
それでも気持ちを切らすことなく、8回無死一塁のピンチも「この試合を落としたら、宇野が当分浮かばれんぞ」とゼロに抑え、2対1で完投勝利を挙げたのは見事だった。
一方、宇野の珍プレーに助けられる形で記録を伸ばした巨人は、9月21日の中日戦で0対4の完封負けを喫し、ついに「174」でストップ。完封勝利を手にしたのは、奇しくも星野の賭けの相手・小松だった。
必死にボールを追い掛けていたら
手品師もビックリのスーパープレーを成功させながら、逆にチームの足を引っ張る結果となったのが、ロッテ・オーティズである。2008年5月4日の西武戦、思わず目が点になる珍場面が見られたのは、0対2で迎えた5回の守りだった。
先頭の栗山巧が一、二塁間に打球を放ち、ファースト・ズレータがダイビングキャッチを試みるも止められない。打球が右前に抜けようとした瞬間、スタンドの観衆は目を疑った。
セカンド・オーティズが突然グラブを外すと、右手に持ち替え、ボールに向かって“ゴキブリ叩き”のように投げつけたのだ。
まるで手品のようにボールはピタリと止まる。これを見た栗山も一塁でストップした。
だが、このプレーは、野球規則10.06(e)「野手がグラブを故意に投げてフェアボールに触れさせた場合、三個の塁が与えられる」に抵触する反則行為だった。
この結果、栗山には三塁が与えられ(記録は三塁打)、ロッテは無死三塁から石井義人の中犠飛で痛恨の3点目を失う。
「必死にボールを追い掛けていたら、ああいう行動に出てしまった。無意識のうちにやってしまった」とオーティズは反省。試合は0対4で完敗し、バレンタイン監督も「ああいうプレーはこれからないと思う。これ以上聞かないでくれ」とオカンムリだった。
走者追い越しでアウト
サヨナラ満塁本塁打がシングルヒットに“格下げ”という球界史上初の珍事を生んだのが、日本ハム時代の新庄剛志である。
球界再編問題をめぐり、選手会が2日間ストライキを決行した直後の2004年9月20日のダイエー戦。スト明け初戦に臨んだ新庄は「子供たちのために」とチームメイト4人と「秘密戦隊ゴレンジャー」のかぶり物をつけて試合前のノックを受けるなど、ファンサービスを見せた。
試合開始後も“新庄劇場”は続く。4点を追う4回に左中間席へ追撃のソロ本塁打。6回の打席では中飛に倒れたものの、左翼席を指差して“予告ホームラン”のパフォーマンスでスタンドを沸かせる。
ハイライトは12対12の9回2死満塁。新庄は三瀬幸司の初球、143キロ直球を振り抜き、左中間席へ叩き込んだ。劇的なサヨナラ満塁弾に日本ハムナインが喜びを爆発させた。
ところが直後、まさかのどんでん返しが待っていた。
「やったぜ!」と雄叫びを上げながら一塁ベースを回った新庄は、一、二塁間で一塁走者の田中幸雄と抱き合ってクルリと一回転。その後、田中を追い越してしまい、走者追い越しでアウトとなった。
記録上、新庄の本塁打は単打扱いとなり、16対12のサヨナラ勝ちは13対12へと修正された。
“世紀の珍プレー”の原因をつくった田中は「二塁を回ったら(打球がスタンドに)入ったのが見えて、後ろを見たら新庄がいたので、もういいなと思って少し戻って抱きついてしまいました」と反省。
だが新庄は「何言ってるんですか。勝ったんだから」とフォローすると、お立ち台でも「今日のヒーローは僕じゃありません…。(観客の)みんなです」と叫び、大喝采を浴びた。
わずかな偶然が、試合の流れだけでなく記録や記憶までも大きく変えてしまう。そんな“紙一重”の瞬間こそが、プロ野球の奥深さであり、珍プレーが長く語り継がれる理由でもある。
久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘! 激突! 東都大学野球』(ビジネス社)
デイリー新潮編集部
