原発事故から40年、立ち入り禁止区に住む89歳「最期までこの地を離れない」…亡き妻植えた花が咲き始める
1986年に爆発事故が起きたウクライナ北部チョルノービリ(チェルノブイリ)の原子力発電所周辺では、30キロ圏内の立ち入り禁止措置が続きながらも、住民や動物の営みが続いている。
住み続ける高齢者らは自給自足に近い生活を守り、野生動物の増加で生態系も回復している。(チョルノービリ 倉茂由美子)
「明日にでもジャガイモを植えよう」。原発から15キロ・メートルの集落に住むミハイロ・シランさん(89)は20日、両手のつえで不自由な脚を支えながら、庭の畑に目をやった。聞こえるのは鳥のさえずりだけ。「放射線の影響など感じたことがない」と笑った。
シランさんは、「サマショール」と呼ばれる、立ち入り禁止区域に自己責任で帰還した住民の一人。87年には約1200人いたが、現在は32人が残るのみだ。当局は居住を認めており、電気や水道も使える。
小学校教員だったシランさんは、事故後に避難を余儀なくされ、キーウ州などを転々とした。だが、全てを置き去りにした地元のことが忘れられず、2010年に妻と一緒に戻った。
22年2月にロシア軍の侵略で一時占領された時には、「処刑されるかもしれない」と恐れたが、門に描いていたウクライナ国旗をペンキで消し、とどまった。
12年前に妻に先立たれ今は一人暮らし。キーウの娘から同居を勧められるが、断り続ける。庭には妻が植えた花が今年も咲き始めた。「自分が生まれ、家庭を持ったこの地を、最期まで動かない」と決めている。
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放射線の影響で当初は「不毛の地」になると見られていた原発周辺の森には、野生動物が繁殖し、歩くと様々な形状のふんが落ちている。16年、国の「放射線・生態生物圏保護区」として指定され、同区科学部長のデニス・ビシュネフスキー氏(48)は、「豊かな環境が戻ったのは、人間が去り、自然の力に任せたからだ」と感慨深げだ。
事故前、チョルノービリには家畜が多く野生動物はわずかだった。今では、他の森からすみ着くなどして、約22万ヘクタールに鹿500頭、馬140頭のほか、オオカミやオオヤマネコなどが多数生息しているという。
ただ、動物たちにもロシアによる侵略の影響は及ぶ。馬3頭が地雷を踏んで死に、防衛用の鉄線に絡まる動物もいた。露軍の無人機で火災が生じる可能性も高まっており、ビシュネフスキー氏は「回復した生態系を戦争が台無しにするかもしれない」と指摘した。
AI普及や脱炭素、エネルギー価格の高騰で原発回帰の動き
【ジュネーブ=船越翔】各国では、世界的に広がっていた「脱原発」の動きを見直し、原発に回帰する動きが相次いでいる。人工知能(AI)の普及で急増する電力需要や脱炭素への機運の高まりに加え、相次ぐ紛争によるエネルギー価格の急騰などが背景にある。
欧州連合(EU)のウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長は先月10日の演説で、欧州で進んだ脱原発の流れは「戦略的な誤りだった」と訴えた。
ドイツなどは2011年の福島第一原発事故後、原発の廃炉を決定した。しかし、ロシアのウクライナ侵略後に天然ガスの価格が高騰し、原発を安定的な電源と再評価する声は欧州で強まる。スイスやリトアニアなどは原発の新設を検討し、チョルノービリ原発事故後に脱原発を打ち出したイタリアも昨年2月に原発再導入の方針にかじを切った。
1979年のスリーマイル島原発事故後に原発の新増設が滞った米国では昨年5月、トランプ大統領が原発の発電容量を2050年までに4倍に引き上げる大統領令に署名した。AI向けデータセンターに必要な電力を供給するための措置で、トランプ政権は原発を積極的に増強する中露を念頭に「再び世界の原子力のリーダーになる」との方針を掲げた。
日本も昨年2月、新たなエネルギー基本計画を閣議決定した。原子力を「最大限活用」すると明記し、原発の電源構成を23年度の1割弱から40年度に2割に引き上げる。
中東情勢の緊迫化は、勢いを後押しする可能性がある。米紙ニューヨーク・タイムズは、原油輸送の要衝のホルムズ海峡で事実上の封鎖が続く現状を踏まえ「エネルギー政策を見直す各国にとって、原発は代替手段の選択肢となる」と指摘した。
