公務員と二刀流のジャンパー、W杯初優勝も「しっかり出勤し応援してもらえるように」…遠征の合間に受験し山形市に採用・内藤智文選手
山形市役所で勤務しながらスキージャンプに取り組む内藤智文選手(33)は3月、ワールドカップ(W杯)で初優勝を果たした。
働きながら競技を続け、「僕は大人になってから遠くに飛ぶ感動を知った。その感触を大事にして、長く続けたい」と、ジャンプへの思いはつきない。(田山千紘)
欧州を中心に年間30戦前後を戦うW杯に、今冬から本格参戦した。ミラノ・コルティナ五輪出場は逃したが、ノルウェーでの第26戦で個人戦初優勝を決め、続く27戦でも2位。200メートル以上を飛ぶフライングの団体戦でも、世界選手権の初優勝に貢献した。「ここで結果を出したいという思いがあった。2本そろえて表彰台に上がれて、まぐれではないと安心した」と頬を緩めた。
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東京都調布市で生まれた。地域的にもなじみのないジャンプを始めたのは、長野五輪で日本が金メダルを獲得した男子団体を観戦したのがきっかけだった。5歳で飛び始め、冬場は長野や新潟、北海道に遠征して練習を重ねた。下川商業高(北海道)、東海大と強豪校で鍛え、卒業後は国体に向けた強化で誘われた茨城の金属加工会社に就職。仕事をしながら競技を続け、2018年にW杯に初出場した。「観客からハイタッチ、サインを求められた。選手になったと実感した」
だが、コロナ禍で解雇されて行き場を失った。知人の縁もあり、山形に。県内でスポーツ技術員として高校生らを指導しながら、自分を見つめ直した。一人で競技に取り組み続け、「自分のジャンプを一番自分が知っている状態」と、試行錯誤の日々を送った。
遠征の合間に公務員試験を受験し、試合の2日後に面接を受けるハードスケジュールを乗り越え、昨年4月山形市に採用され、スポーツ課に配属された。周囲の支えを受けながら市役所で働き始めると、ジャンプの成績も安定し、海外遠征にも声がかかるようになった。そして今季、一気に花開いた。
現在、遠征がないときは、課で伝票作りや問い合わせの対応をし、休日に蔵王のジャンプ台に通って練習する。出場を逃した五輪開催中には、衆院選の開票作業にも従事した。華々しく活躍する五輪選手を横目に「彼ら(代表)は五輪、僕は仕事。そこが違う」と悔しさを抱えながらも、「しっかり出勤して、職場で応援してもらえるようになりたい」と冷静に業務をこなしたという。
公務員とジャンプの二刀流は、これからも続ける。「やっぱり飛ぶのが好きだ。助けてもらっている分頑張りたい」と意気込む。「今がこれまでで一番、五輪に近づいている。目指していきたい」。公務員ジャンパーの目は4年後のフランスを見据えている。
