連絡先を交換すると、誘いは加速する。ちなみに社用携帯は支給されないため、交換するのは私用携帯のLINEだ。「今週末空いてる?」と予定を聞かれ、断っても翌週にはまた同じ質問が飛んでくる。既読スルーしても、翌日のエレベーターホールで「昨日の返事は?」と対面で追撃される。毎日通う職域営業の構造そのものが、距離を詰める側にとって圧倒的に有利に働く。

「嫌なら連絡先なんて教えなきゃいい」「相手にするな」と言う人も多いだろう。だが、「いつか新規の契約に繋がるかもしれない」というわずかな可能性を手放せないからこそ、明確に拒絶できない。相手はその事情を知ってか知らずか、見込み客の立場をキープすることで関係を繋ぎ止めようとしているようにも見える。

◆無料コンパニオン扱いされた末路は…

厄介なのは、その上司や同僚まで登場するケースだ。「うちの〇〇がお世話になってるみたいで。今度、保険の姉ちゃんたち揃えて飲みに行こうよ」こうやって女性と飲みたいだけのおじさま達が必ず登場してくる。生保レディが、いつの間にか無料のコンパニオンとして消費されていく。「仕事の付き合い」という体裁が整っているぶん、断る理由が一つずつ奪われていく。

「相手は営業先の人間です。関係を壊したら翌日から仕事にならない。営業成績と自分の気持ちを常に天秤にかけさせられている感覚でした」

飲み会には何度か参加した。仕事の延長だと自分に言い聞かせていたという。だがある日、席の最中に相手の男性社員(30代半ば)からLINEが届いた。「今日もかわいいよ」と目の前にいるのに、わざわざLINEで。周囲に気づかれないようにこっそり送る、その恋愛ごっこのような感覚が、たまらなく気持ち悪かったと真奈美さんは振り返る。

「お世辞にもモテるタイプじゃない人です。その人にすら、こんな軽く扱われるんだって。ほんと馬鹿らしくなりました……」

こうした悩みを上司に相談しても、返ってくるのは「職場のおじさま方にどんどん気に入ってもらいな」「そんな場を設けてもらえるなんて愛されている証拠だよー」という言葉だったという。確かに、大半の社員からは「昼休みに来る保険屋がしつこい」「貴重な休憩を邪魔するな」と鬱陶しがられている。そんななかで時間を割いてくれる人には感謝しなければいけない。頭ではわかっている。でも、感謝と我慢が複雑に混じりあう日々ごと、もう面倒くさくなったという。数か月後、真奈美さんは退職した。

◆「女性が稼げる仕事」と言われはするけれど

実際、生命保険会社への転職前と比べて年収は100万円近く上がっていた。自分の裁量で働く時間をコントロールできる部分も確かにあった。だが夜遅い時間帯や土日の商談、付き合いの飲み会まで含めると、結局仕事中心の生活は変わらなかったようだ。今の仕事は、メーカーのサポート業務。営業の最前線から離れると、携帯の通知は鳴らなくなり、スケジュール帳には余白ができた。「でもきっと、これが普通なんですよね」と真奈美さんは笑った。

生保レディは「女性が稼げる仕事」の代名詞のように語られてきた。だがその裏で、会社からも社会の男からも、都合よく期待と役割を背負わされてきたわけだ。中には「女を武器に稼いでいる」という社会からの偏見に苦しみ、プライベートでは長年職業を隠していた先輩もいたという。

生保レディの仕事が本当の意味で「自立した女性のキャリア」であるためには、旧態依然とした営業スタイルからの脱却が不可欠だろう。しかし、それはいったいいつになるのやら……。真面目に働く女性の努力が報われる時代が来るのは、まだまだ先のことなのかもしれない。

<取材・文/大崎アイ>

【大崎アイ】
関西出身、東京都在住の30代。営業畑を渡り歩いた末、2024年にフリーランスへ転身。旅と酒をこよなく愛する。フットワークの軽さがウリ。フリーランスの日常はnoteで気ままに綴ってます。Xアカウント: @aia___iiiii