「思いました。でも、それで怖がって閉じこもるのは違うかな、と。結果、嫌な思いをすることも、子どもへの影響もまったくなかったです。もしかしたらみんな知っていたのかもしれないけど、周囲の人たちはずっと優しくしてくれていました」

――2024年7月に『FALENO』で17年ぶりの復帰を発表。なぜこのタイミングだったのですか?

「娘の義務教育が終わった頃から、だんだん母親としての出番がなくなっていくわけですよ。高校生にもなれば、子どもには子どもの世界ができて、ちょっとずつ親から離れていく。それで、冗談70%ぐらいの気持ちで『復帰したらどうなるのかな?』って周りに相談するようになったんです。正直、仕事なんかもらえないと思っていました。年齢が年齢でしたからね(笑)」

――復帰することに対しての抵抗感はなかったのですか?

「初めてのことではないので、それは全くなかったです。復帰に賛否両論があることは承知の上。自分の人生ですしね。『子どもが知ったらどう思うの?』という声もあるとは思いますよ。でも、それも私と娘だけの話じゃないですか。娘が私のことを理解してくれれば、それでいいことなんです」

――娘さんは小沢さんの仕事のことはご存じなのですか?

「今の子は大人ですからね。知っていても、あえて私には言わないでいてくれるのかもしれません。復帰の前に『私は私の人生楽しもうと思う』とだけ伝えたのですが、『いいんじゃない。特殊な母親だし』と返ってきました(笑)」

――娘さんとの関係性は良好なのですね。

「はい。娘が通っている塾の先生から聞いたのですが、『うちの母は何をしても生きていくパワーがある、たくましい人だ』と言っていたそうなんですよ。これには泣きましたね。娘は私にべったりというタイプではないし、絶対に尊敬なんてしていないと思っていたので……。娘には本当に『ありがとう』のひと言です」

◆“女”の自分を、このままお終いにするのは寂しかった

――子育て中は、性的なことに対してどのように捉えていたのでしょうか。

「もはや忘れていました(笑)。自分のことは二の次でしたし。でも、子どもが手を離れて余裕ができたときに、性と向き合いたいという思いが芽生えたんですよ。改めて女としての自分を見つめ直して、『あ、ヤバいな』という危機感が……」

――完全に性とかけ離れた生活だったのですね。

「同年代の女友達と『子宮を活性化させないとね』『そういう行為って大事だよね』なんて話すようになってきたのも大きかったですね。40代に突入して『もう女として幕を閉じるの?』『まだまだ欲が眠っているんじゃないの?』と自問自答をする中、このままお終いにするのは寂しいと切に感じたんです。もう少し年齢を重ねていたら、この情熱が家庭菜園に向かっていたかもしれませんけど(笑)」

――小沢さんの女性としての意識が復帰の後押しをしたわけだ。

「でも、復帰作の撮影はさすがに緊張が凄かったですね。同時に40代の裸体を撮ってもらうことに『なんか、すいません』って気持ちにもなっていました。それでも、撮られていくうちに自分の中の“女”を取り戻す感覚があって……。改めて復帰できたことに、心から感謝しています」

――今後やってみたいことはありますか?

「……実は、本当にないんですよ。これは謙虚とかではなく、今お仕事がもらえていることだけで、とてもありがたいから。若いときにはこんなこと思っていなかったのですが、こうして表舞台に出られることは、決して当たり前のことではないんですよね。

これからも目の前のことに一生懸命に。そして、皆さんには1人の人間であり1人の熟女である“小沢菜穂”を楽しんでもらいたいと思います」

――ありがとうございました!

<取材・文・撮影/もちづき千代子>