そのバーのスタッフが作品の制作会社をつくるということで、『川上ゆう』に改名して再デビューの運びとなりました」

――親バレについては解決したのでしょうか?

「SMをやりたいと思った途端に、両親にもむしろ理解してもらいたくなりました。だから、『私はこういうことをしたいんだ!』と表明する意味で、まずはSM本を母に見せることにしたんです」

――お母さんにSM本!? 荒療治すぎやしませんか?

「母の第一声は『精神科に行くか?』でした。単なる好奇心なのに心外でしたね(笑)。同時に『お父さんには言うな』とも命じられたんです。なので、いまだに父には直接的に仕事のことは伝えていないんですよ」

――では、お父さんは今でも『川上ゆう』のことは知らない?

「いえ、さすがにわかっていると思います。口には出していないだけで。ずっと父娘としては気まずい状態ではあったんですけど、10年くらい前から打ち解けることができました。今は2人でキャンプに行ったりするような仲です」

――何かきっかけがあったのですか?

「祖父が亡くなったことですね。葬儀のために祖父の家まで父と車で向かうことになりまして。内心ではすごく嫌だったのですが、長時間個室で2人きりとなると、否が応でも会話が続くじゃないですか。それで『私、お父さんと喋れるな』と。

愛犬2匹の存在も大きいです。私は34歳で結婚への興味を失ったので、犬こそが家族。父も犬たちを可愛がってくれていて、よく犬の話でも盛り上がっていますよ。孫の話をしている感覚なんでしょうね。人生、出会いと別れがすべてだなぁと、しみじみ思いました」

◆体に限界がくるまで現役でいたい

――川上さんは現在、歌舞伎町でラウンジ「ラビリンス」を経営されていますね。

「私はお酒も食事も大好きなので、本当は小料理屋をやりたかったんですよ。でも、料理を出すとなると色々と大変そうだったので、まずはお酒のお店から、ということで始めました。ただ私も、一緒にお店に出ている友田真希さんも、夜の仕事の経験がなかったので、最初は完全に手探り状態でしたね。なんなら他の従業員の子たちの方が経験値が高いという有様です(笑)」

――その一方、セクシー女優としても現役を貫いています。

「名前が『川上ゆう』になってから、セクシー女優を辞めるという考えが消え去ってしまったんですよ。現役は体に限界がくるまで続けるつもりです」

――それは体力的な意味で?

「それもありますが、撮影に耐えうる見た目でいられるまで、という意味でもあります。この仕事をしていると意識は間違いなく高くいられますから。

セクシー女優に復帰する前の友田真希さんも、当時は空気感が“お母さん”だったんですよ。それが復帰後、どんどんキレイになっていくのを目の当たりにしていますからね。やっぱり、ステキな50代を目指すなら、セクシー女優は辞められません!」

◆東京と田舎の二拠点生活が理想

――では、今後の目標を教えてもらえますか?

「まずはお店とセクシー女優を続けていくことです。ただ、将来的には田舎の方で畑をやりたいんですよね。高橋がなりさん(「ソフト・オン・デマンド」創業者)みたいなことを言ってる気がしますけど(笑)」

――東京からはいずれ離れることを考えている?

「東京が嫌なわけではないのですが、ガーデニングをしているだけで近所から苦情がくることもあるので……。ガッツリとコンバインに乗れるくらいの田舎で野菜作りをするのが憧れです。最終的には東京と田舎と、二拠点での生活が理想かな。美味しい野菜ができたら、それを使った小料理屋を出したいとも考えています」

――最後に読者に向けてメッセ―ジをお願いします。

「私のことをも〜っと見てください!それが一番の快感です!」

――ありがとうございました!

<取材・文・撮影/もちづき千代子>

―[川上ゆう]―