京都大学の学生寮「熊野寮」の祭りで同大学の本部棟に押し入り業務を妨害したとして、学生ら7人が逮捕された。『京大思考』(宝島社新書)を出した神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は「この事件は、国立大学への『世間の視線』を象徴しているのではないか」という――。

■かつては「恒例行事」だったが…

「ああ、またか」

京都大学の「熊野寮」への警察の家宅捜索のニュースを目にした多くの京大生や卒業生の感想だろう。

写真提供=共同通信社
熊野寮へ家宅捜索に入る京都府警の機動隊員ら=2017年1月31日午前、京都市 - 写真提供=共同通信社

大学受験シーズン真っ盛りの2月8日および13日に、京都大学の現役学生ら男女7人が逮捕された。

容疑は、2022年12月2日に、同大学の総長室のある建物に押し入り、職員を威圧するなどした威力業務妨害の疑いだった。容疑を裏付けるため、京都府警は、2月9日、同大学の学生寮「熊野寮」を家宅捜索した。

定期的に行われる「ガサ入れ」(捜索)は、京大入学から10年間ほど、通りを隔てたところに住んでいた私にとって、恒例行事だった。

機動隊を導入した、ものものしい警察側と、それを阻止したり、おちょくったりする熊野寮側との攻防、さらには、結局、逮捕者が出ない、というところまでがセットで、「お決まりのイベント」だった。

しかし今年は違った。

「総長室突入」と称した企画で、約250人の学生らとともに、京都大学のトップ=総長のいる部屋のある建物(本部棟)に入り、拡声器を使って職員を怒鳴りつけるなどして、大学の業務を妨害した疑いで、京大生ら7人が逮捕されたからである。

■月の家賃は700円、光熱費は1500円

毎日放送(MBS)によれば、逮捕された容疑者には、中核派の活動家が含まれており、2月12日には、東京都江戸川区にある「前進社」も、警察が家宅捜索している。

逮捕された7人は取り調べに対し黙秘していると報じられており、「総長室突入」なるものが、実際に何だったのかは、不明なところが多い。

それよりもまず、この事件で注目を集めた熊野寮をはじめとする、国立大学の学生寮について、確かめたい。そこに、いまの国立大学をめぐる社会の視線と、実態とのズレがあらわれているからである。

熊野寮は、「1965年4月13日に設立された京都大学の学生自治寮です」と、ウェブサイトに書かれている。

大学のウェブサイトには、寄宿料(家賃)は月額700円、光熱費は1500円から2500円と書かれており、熊野寮が作った動画では、「維持費月額4300円で住める」と紹介されている。

「アパマンショップ」のサイトによると、熊野寮のある京都市左京区のワンルーム家賃相場は4万6000円である。熊野寮には個室がなく、2人部屋か4人部屋であるとはいえ、それでも、相場の10分の1という破格の安さではないか。

■破格の家賃や、運営の面は「特殊」ではない

日本学生支援機構の調査では、国立大学の96.5%が学生寮(寄宿舎)をもっており、その半数にあたる50.6%が、「0〜5000円」と、熊野寮と同程度の寮費である。熊野寮のような「学生による自治」で運営されているものも、50.6%と半数ほどである。

数字を見る限り、熊野寮は、家賃の面でも、運営の面でも、特殊ではなく、2つにひとつの国立大学には似たような施設があると言えよう。

では、なぜ、熊野寮をめぐるニュースが、注目を集めるのか。

それは、京都大学が、ウェブサイトに「熊野寮の一部は、中核派系全学連の関係先のひとつとされ、警察による強制捜査(直近では令和6年6月25日)が行われたことがあります」と「特記事項」に記す、その性格にある。

学生寮としては、ありふれているはずなのに、「強制捜査」が入ったり、さらには、関係者が逮捕されたりする点で、珍しいからである。

写真=iStock.com/TkKurikawa
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TkKurikawa

■テレビ番組では「天才児の巣窟」として紹介

家宅捜索の直前、2月3日の夜、朝日放送(ABC)のテレビ番組「なるみ・岡村の過ぎるTV」で、熊野寮が特集された。

〈京大生400人が共同生活⁉ 「知のアジト謎深過ぎる京都大学熊野寮」〉と題された40分ほどの特集で、熊野寮は「天才児の巣窟」と称され、「寮生の3分の1が留年してしまうらしい」などと、密着取材の成果が放送された。

この特集には、MCのなるみ氏が「京大ってなにやってもええの?」と驚くほど、個性的な学生が多く登場。熊野寮祭の名物企画で、京大の近くを流れる鴨川を、真冬に自作のイカダでくだる「鴨川イカダレース」に出るために入学したという学生をはじめ、傍若無人というか、「謎深過ぎる」実態が明らかにされていた。

そして、警察がエンジンカッターで壊そうとしたという鉄扉の傷跡からは、熊野寮が、「ただの学生寮」ではない様子がうかがえる。

なるほど「天才児」が集う場所といえるかもしれない。

ただ、いま、こうした「なにやってもええ」空間は、どこまで許されるのだろうか。

■「なにやってもええ」が許されなくなっている

私は、昨年末に出した『京大思考 石丸伸二はなぜ嫌われてしまうのか』(宝島社新書)のなかで、京都大学=自由、というのは幻想であり、自由が不自由とセットだと認識しなければならない、と述べた。

この幻想に関連するのが、拙著の帯にも載せた「折田先生像」である。

もともとの「折田先生像」は、京都大学の前身のひとつ、旧制第三高校(旧三校)の初代校長・折田彦市(おりたひこいち)を讃えるためにつくられた銅像だった。旧三校=京都大学教養部(現在の総合人間学部)キャンパスにあったものの、落書きやいたずらが相次いだため、1997年に撤去される。

しかし、銅像の台座が残ったことなどから、「折田先生像」と称して、人気漫画『北斗の拳』の「ラオウ」を模した張りぼてに始まり、毎年この時期、つまり入試シーズンになると、どこからか、誰かが“張りぼて”を作りつづけてきた。

折田先生像 2011(写真=Takeshi Kuboki/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

京都大学准教授の角山雄一氏は、20年以上前から「折田先生を讃える会」としたウェブサイトを運営してきた。

角山氏は、朝日新聞デジタルの取材に対して、2022年から「最初は純粋ないたずらだった『折田先生像』」が、「注目を集めようとコスプレイヤーが多数現れたり、質の低い派生作品が置かれたり、と『悪乗り』が増えていた」ため、サイトの更新をやめた、と答えている。

この「折田先生像」をめぐる動きもまた、熊野寮と同じように、もはや、「なにやってもええ」が許されなくなっている証しなのではないか。

■「京都大学=自由」という図式は共有されない

ここには、ふたつのミスマッチがある。

ひとつは、京大関係者同士のミスマッチである。

私が京大に入った26年前どころか、熊野寮の近所に住んでいた15年ほど前でも、まだ、熊野寮に対する警察の姿勢を批判したり、揶揄したりする声が多かったに違いない。すくなくとも、京大生や卒業生といった関係者のなかに、熊野寮へ、表立っては支援せずとも、心のなかでシンパシーを抱く人は少なくなかった。

今回は、家宅捜索どころか逮捕者まで出ている。となれば、かつての京大生なら「国家権力の不当な弾圧」だとして、さらに熊野寮に味方する機運が盛り上がりそうなものの、そうはなっていないのではないか。

「折田先生像」も同様だろう。

「折田先生を讃える会」を運営する角山准教授ですら、「折田先生像」が設置されるやいなやすぐに撤去を求める京都大学について、「コンプライアンスが強化されていく世の中において、大学側の対応は時代の流れだとも思う」と話している。

もちろん、「当局の目はどこに向いているんだろうと思います。学生ではなく、外部に向いているのではないか」と批判する以上、角山氏は、「折田先生像」を作る側に立っている。

けれどもまさに、その角山氏をして「時代の流れ」と言わしめているところに、いまの世の中の空気が見える。「折田先生像」をめぐっても、熊野寮と同じく、京都大学の在学生や卒業生が応援する風潮は目立っているとは言いがたい。

もはや、京都大学=自由、という図式は、在学生にとっても、広くあまねく共有されなくなっているのではないか。

■難関大学の学生に向けられる「視線」とは

さらに深刻なのは、「世間とのミスマッチ」である。

先に見たように、熊野寮は、全国の国立大学の学生寮としては、すくなくとも条件面では特殊ではない。ただ、そこに「警察による強制捜査」が入るのは、普通ではない。

がんばって受験勉強に取り組み、将来を嘱望されるほどの頭脳を持った人たちが、学問ではなく、「なにやってもええ」場所で、自由に振る舞う姿を、もう、世間は、許容できなくなっているのではないか。

「京都大学のような難関校に入るためには、小学生のころから塾に通い、中学受験をして、早くから大学受験対策をしなければならない」。これが、世間のイメージである。塾や家庭教師などへの「課金ゲーム」を勝ち抜いた、裕福な家の恵まれた人たち=難関大の学生、だと思われているのではないか。

たとえば、東大生の親の年収は、どれぐらいなのだろう。

2021年度の「学生生活実態調査」によれば、世帯年収が750万円に満たないのは22.0%である。「分からない」と答えた割合が24.0%であるとはいえ、東大生の親の少なくとも半分以上(54.1%)が750万円以上の年収を得ている。

2021年度「学生生活実態調査」を基にプレジデントオンライン編集部作成

■「東大のイメージ」が京大にも横滑りしている

しかも、950万円を超えるのは40.9%である。厚生労働省による「国民生活基礎調査」によると、2021年に「児童のいる世帯」の平均所得金額は785万円だから、東大生の親の所得は高い。

また、朝日新聞EduAのまとめでは、東大合格者数のトップ10のうち、東京都立日比谷高校(8位)を除いた9校が中高一貫校であり、さらにそのうち7校は首都圏にある。

東大は、首都圏の高額所得者の子女が通う学校=「裕福な家の恵まれた人たち」というイメージを強めている。

他方で、東京大学は、設備費や人件費などを賄うために、2025年度以降に授業料を約10万7000円値上げする方針を明らかにし、それに対して、学生が反対集会を開いた。

現在の授業料=年53万5800円をどう捉えるのか。

東大生に首都圏出身者が多い現状に鑑みると、自宅から通う学生が高く、しかも、その世帯収入は高い。となれば、授業料を値上げしたとしても払えるのでは、と、世間は見るのではないか。

授業料値上げに反対する学内の声とは裏腹に、世間からは、逆に、「裕福な家の恵まれた人たち」がより多く負担するのは当然、と思われてもやむを得ない。

こうしたイメージが、双璧をなす京大にも横滑りしているのではないか。

■あらゆる面で「恵まれた人たち」なのか

実際の京大生は、東大生とは違い、地方公立高校出身者が多い。

「サンデー毎日」2024年4月7日号のまとめによれば、京都大学合格者の出身高校のトップは大阪府立北野高校であり、トップ10は、私立と公立が半々、25位まで広げると過半数にあたる14校が公立高校だ。世間で思われているほどには、京大生は均質化していないように見える。

それでも、公立=課金ゲームから無縁、というわけではないから、幼少期から受験勉強に注力した人もいる。そうしたことから、難関国立大学をめぐる捉え方は、それぞれの大学の違いを見るのではなく、逆に、一緒くたに捉える方向に作用しているのだろう。

慶應義塾大学の伊藤公平塾長(=学長)は、国立大学の学費を年間150万円に値上げするよう提言し、波紋を広げた。

鈴木洋仁『京大思考』(宝島社新書)

私立大学からは、国立の学費は安過ぎる、と見られ、逆に、国立大学の学生からは、学費の値上げは受け入れられないとの声が上がる。

東京大学と京都大学の学生の違いは、それぞれの大学のなかにいればわかるかもしれないが、外からみれば、裕福な家庭、学習環境、能力といったあらゆる面で「恵まれた人たち」と見えるのかもしれない。

世間が、東大や京大などの難関国立大学に向ける視線は、厳しい。

外から見るのか、内側にいるのか。立場によって、国立大学をめぐる視線は、正反対なのである。お互いに真逆の方向を見ている、この状況が、何をもたらすのか。受験シーズンの真っ只中に、あらためて考えたい。

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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)
神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。
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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)