合成洗剤全盛の時代に、無添加石鹸で勝負 創業113年シャボン玉石けんの個性派経営
値上げに負けない企業ブランディング
2019年のコロナ禍前と比べて現時点で多い企業は50.0%(東京商工リサーチ調べ)と半数に達し健闘している。一方、今年7月の企業の倒産件数は701件前年比4%増(帝国データバンク調べ)と、コロナ後の企業経営は厳しさが続く。
混沌とした状況をどう生き抜くか?その中でも強かにしなやかに生き抜く企業がある。明治時代から続くシャボン玉石けん(本社北九州市)もその内の一つだ。
いま産業界は原料高に悩まされているが、同社の主力石鹸の原料であるパーム油も、2020年と比較し1トン74.07円から123.73円と約1.6倍高騰。この原料高騰を受け、石鹸メーカー各社も値上げに踏み切った。
同社の森田隼人社長は次のように語る。「昨年、全商品平均9%の値上げをさせていただいた。その結果、全体の売上数としては減ったが、おかげ様で弊社の場合は継続客が多く、値上げ直前の買いだめもあって、思いの外、打撃は少なかった」
値上げによる買い控えの中、長い時をかけてブランドイメージを大事に育てあげてきた同社は、ロイヤルカスタマーの支えにより最小限のダメージに留まっている。
同社の無添加石鹸は時間をかけて熟成されるケン化法という製法を取っている。酒造りの杜氏のように、職人が毎日釜の石鹸を舐めて、出来具合を確認している。一般的に石鹸は4~5時間で製造可能だが、どんなに早くても1週間かかる。
多くの人に使ってほしいという理由で、手間暇かけたものであるが一個145円(100グラム)という価格を保持。キロ単位では市場に出回る合成洗剤より価格は5倍も高いが、それでも他が真似できない製法で、差別化を追求している。
全盛期から17年間続いた赤字脱却までの歩み
創業時の1910年、国内において福岡県・若松(現北九州市)は石炭積出港があり、石炭の流通拠点として栄えていた。炭鉱で働く人々が、汚れた身体を洗うため石鹸が良く売れ、主力商品を石鹸に特化。戦後の高度経済成長期に入り、洗濯機が家庭に普及したことから、同社も自社で作った合成洗剤を主力商品として販売。事業も右肩上がりであった。
しかし、当時の二代目社長・森田光徳は原因不明の湿疹に悩まされ、病院に通ったが治らない。そこで、使っていた合成洗剤を止め、天然素材から石鹸を開発し使ったところ、湿疹がみるみる治っていった。会社の事業では合成洗剤を売りながらも、自分自身はその石鹸を使う日々。
さらにある日、自社の合成洗剤の排水が流れる道路脇を見てみると、昔はいたイトミミズがいなくなっていたのだ。自社の合成洗剤が環境を破壊していたことに気付き、「体や環境に悪いとわかった商品を売るわけにはいかない。正しいと思うことをやる」と無添加石鹸への完全切り替えを宣言。しかしこれが17年続く苦難の道への始まりであった─。
当時合成洗剤は「新しい化学の力が生活を豊かにする」として、市民権を得ていた。飛ぶように売れていたため、「無添加石鹸は売れない。元の合成洗剤に戻そう」と営業社員は猛反対。「社長は頭がおかしくなった」と当時100人いた社員も一番少ない時には5人になったこともある。売上げは月商8000万円(現在の約2億4000万)から1%以下まで激減し、赤字経営は17年間続く。即戦力となる中途採用を雇っても、なかなか定着しない。
