中村俊輔が引退を発表した。

 所属する横浜FCでは、直近のツエーゲン金沢戦に後半途中から出場した。

 退場者を出していた相手は、FWを削ってDFを投入していた。ゴール前をがっちりと固めている。決定的なパスを通すのは難しい。

 それでも、中村がボールを持つとスタジアムに期待感が駆け巡った。観客の視線が、彼に集まった。これまで見せてきた決定的なパスが、シュートが、人々の記憶に刻まれているからだろう。

 直接FKも放った。4枚の壁を越えた一撃を、キッチリと枠へ持っていった。

 そういえば、壁にぶつけたり、枠を大きく逸れたりした直接FKは、ほとんど記憶にない。彼がボールをセットすると特別な期待感が沸き上がるのは、決めた一撃が素晴らしかったのはもちろん、枠へ持っていく確率が高かったからだ。中村がボールをセットしてから左足を振り抜くまでは、他のキッカーでは味わえない胸の高鳴りがあった。

 引退が発表されてから、中村の素顔に触れる記事が多く配信されている。僕自身は特定のクラブを番記者として取材したことがなく、選手を知る機会は1対1でのインタビューが主になる。

 中村にも何度かインタビューをしたことがある。そのほとんどは横浜F・マリノスが東戸塚のグラウンドで練習をしていた当時で、1999年から2001年あたりに集中している。

 フィリップ・トルシエの日本代表とシドニー五輪代表に招集されていたので、取材の申し込みは当時から多かったはずだ。チームは決まった日に取材を入れるから、僕の取材の前後にもう一本取材が、ということもあったはずである。

 こちらは時間内に収めようとするし、チーム側もそうしてほしいはずなのだが、中村から「そろそろ」と終わりを切り出された記憶はない。サッカーの話なら、いつまでも付き合ってくれた。というよりも、若い彼はサッカーを話すことに飢えていた。

 当時からサッカーを論理的に語っていたが、近年は言語化に長けている印象が強い。目を引くようなプレーを「素晴らしい」とか「うまい」で終わらせずに、「何が素晴らしいのか」を具体的に語ることができている。

 高いレベルでプレーした選手が、必ずしも言語化に長けているとは限らない。W杯に出場したような選手でも、解説席に座ると存在感が薄い人もいる。

 海外のクラブで実績を残し、日本代表で長く10番を背負った中村は、サッカーを説明することにおいても一流だと感じる。ここでいう説明とは、専門用語を理解して使いこなす、ということではない。専門用語に頼ることなく局面やプレーの一つひとつを、読み解いていくことである。

 今後は指導者を目ざすとのことで、言語化は指導者の条件のひとつだ。現役引退後も、彼は日本サッカーにとって貴重な存在になっていくのだろう。