かつて沖縄県は「平均寿命全国1位」だったが、直近では女性が7位、男性が36位と大幅に悪化している。京都大学名誉教授の家森幸男さんは「沖縄県平均寿命が長かったのは、塩分量が適切で脂も少ない伝統的な沖縄料理を食べていたから。米軍基地の影響などでファストフードを食べるようになってからは、健康診断の結果も悪化していった」という――。(第2回)

※本稿は、家森幸男『遺伝子が喜ぶ「奇跡の令和食」』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。

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■かつては平均寿命全国1位の“長寿県”だった沖縄

長寿地域の崩壊のひとつとして、残念ながら日本の沖縄県があります。かつて「沖縄」といえば長寿県として知られました。

1975年の統計以来、沖縄の平均寿命は女性が全国第1位とトップを維持し、男性も80、85年には1位と、一貫して上位を守り続けてきました。1995年には大田昌秀知事(当時)が「世界長寿地域宣言」を出すに至っています。

メディアはこぞって伝統的な食事、温暖な気候、おおらかな県民性など、「沖縄の長寿の秘訣」を探ったものです。まず沖縄では豚肉がよく食べられていることが知られます。肉だけでなく、内臓や頭部分(皮)、耳、豚足など、1頭を丸ごと食べつくします。

内臓は鉄分やミネラルが豊富ですし、皮にはコラーゲンがたっぷり含まれています。しかもどの料理もいったんゆでてから使うため、余分な脂肪分は取り除かれ、上質なたんぱく質を摂取することができます。

さらに、豆腐とゴーヤを炒めたゴーヤチャンプルー、豆腐ようなど、大豆を使った料理がひじょうに多いのも特徴です。豚肉と大豆によって、日本のほかの地域では不足しがちな良質のたんぱく質をしっかり摂っていたのです。

また温暖な気候にある沖縄では新鮮な野菜や果物が豊富に取れます。ゴーヤを使ったゴーヤチャンプルー、パパイヤを使ったパパイヤイリチー、ニンジンの炒め物など、野菜を使った料理も多くあります。

■80年代まではお手本のような食生活を送っていたが…

さらにすばらしいのは、こうした料理がすべて「適塩」であることです。減塩食というと、病院の食事のように「味気ない」「物足りない」というイメージがあるかもしれませんが、沖縄の伝統食は「適塩」で、かつ「おいしい」を両立させているところがすばらしいのです。

沖縄は暑いところですから、豚肉などは保存のために塩を使います。しかし、それを塩抜きするために茹でて食べる習慣があり、その際に脂肪が抜けて、脱脂肪、減塩効果がある、すばらしいソーキそばのような伝統料理が育ったのでした。

こうした伝統的な料理を食べていた時代、沖縄の人たちの健康状態はひじょうに良好でした。私たちは1986年から長く沖縄に通い、琉球大学の協力を得ながら、沖縄の人の食生活を調査してきました。

琉球大学にも協力してもらって、24時間の尿採取をしたところ、食塩の摂取量は8.2グラム。1986年当時、日本人は10グラム以上の食塩を摂取していましたが、その中にあっては最も低い数値でした。

さらにコレステロール値も優秀。血液100ミリリットルあたり、平均180から200ミリグラムでした。これはもう世界的に見ても理想的な数値でした。まさに世界に誇る長寿地域だったのです。

異変は2000年に起こりました。

■最新の調査では男性36位、女性7位と大幅に下落

男性が前回の4位から26位と大幅に後退してしまったのです。さらに2010年には男性は30位、女性はトップを長野県に譲って3位となってしまいました。長寿を誇った沖縄の凋落のニュースは驚きをもって伝えられました。

実は私たちはもっと早いうちから食生活の変化に気付いていました。沖縄は米軍基地の駐留地でもあることから、早くからファストフード店が入ってきており、食の欧米化がどんどん進んでいました。それとともに肥満が増え、健診の数値も悪化していっていました。

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まさに沖縄が短命になるプロセスを目の当たりにしてきたわけです。長寿宣言は1995年でしたが、その前から変化は徐々に表れていたのです。それはきっと県側も気づいていたことでしょう。「今出さなければ、今後はもう出すことができない」というギリギリのタイミングで行ったのが長寿宣言だったのではないかと思うのです。

実際、沖縄が長寿県1位の座から陥落したのはこの長寿宣言から5年後のことでした。最新の調査(2015年)は男性36位、女性7位と、さらに順位を下げています。さらには65歳未満(30〜64歳)、いわゆる働き盛り世代の死亡率は男性でワースト5位、女性も同じくワースト4位と、健康状態がひじょうに厳しい状況にあることがうかがい知れます。

■沖縄の健康を取り戻す計画が進行中

今、長寿・沖縄を取り戻す計画が進行しています。名付けて「元気沖縄プログラム」です。琉球大学の益崎裕章教授や、本書の監修者である東海大学・森真理准教授とともに、2040年までに沖縄の長寿を取り戻す取り組みを行っています。

まず小学生の尿検査を行い、一人一人にデータを返します。この「データを返す」ということが重要です。ナトリウムが多いから塩辛いものを食べている、カリウムが足りないから野菜が足りないと、子どもにも自分の食事の不足や過剰がわかります。

それから数カ月してまた検査をすると、みんな数値がよくなっているのです。検査をするというだけで栄養状態が改善しているのです。子どもの食事が変わるということは、家庭の食事が変わるということです。すると当然、大人も変わっていきます。

こうして子どものうちから正しい食生活を身につけ、なおかつ沖縄の伝統料理を取り戻すことで、長寿県沖縄が復活してくれることを心から願っています。

■わずか14年で平均寿命が10年も短くなったエクアドルの長寿地域

長寿地域が消滅していった例として沖縄をご紹介しました。ほかにも、すばらしい長寿文化が失われていくケースがありました。エクアドルのビルカバンバなどもその例です。

世界有数の長寿村だったのですが、「ビルカバンバで暮らせば長生きできる」とアメリカ人が大挙して押し寄せ、たくさんのリゾートホテルができたりした結果、現地の人々の生活にどんどんアメリカ文化が入ってきました。

食生活もアメリカンスタイルに変化してしまいました。そのために、わずか14年で平均寿命が約10歳も短くなるほどの衝撃的な健診データが出たのです。このビルカバンバも含め、どの地域にも共通しているのはほんの数年から十数年の間に食文化が崩壊していることです。

このようなことが起こる背景には「伝統的な食生活の崩壊」があったと述べましたが、それとセットで入り込んできたのが「グローバリゼーション」です。

経済のグローバリゼーションが起こったことにより、人やモノが驚くほどの規模とスピードで移動するようになりました。その結果、地球上のありとあらゆるものが、世界中で気軽に手に入り、食べられるようになりました。

それ自体は悪いことではないのですが、これによって「食の欧米化」が急速に進んでしまいました。特にアメリカのファストフードの普及は圧倒的でした。

■世界一の長寿地域になった香港

欧米の食文化は一見、豪華で、手軽で便利です。油(脂肪)と糖がたっぷり入った食品は刺激的・魅力的です。しかも値段もかつてより大幅に安くなりました。その結果、油を大量に使ったファストフードや、砂糖がたっぷり入った清涼飲料水が、あっという間に全世界に広がって行ったのです。

私たちが調査を始めた1985年は、まだ経済のグローバル化が進んでおらず、世界中どこも、その地方の特色が色濃く残っている時代でした。そういう意味では私たちの調査は世界の各地域の伝統的な食生活を知るための最後のチャンスだったかもしれません。

世界の伝統食が失なわれ、長寿村が消滅していく中、2000年代に入ってからぐんぐん平均寿命を延ばし、ついには世界一の座に輝いたのが「香港」です。

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香港というと、アジアを代表する観光地ですが、人口密度が高く、ゴミゴミしていて、ちょっと不潔そうな印象もあり、あまり「長寿」というイメージは持たれていないかもしれません。その香港がなぜ今、長寿地域として台頭してきたのでしょうか。

私たちは中国、香港にも何度も調査に入っています。香港と言えば中華料理です。中華というと、油をたっぷり使い、味もしっかり濃いと思われていることも多いのですが、現地の人たちが日常的に食べているものは私たちの考える中華料理とは別ものです。

■栄養バランスに優れている広州料理

香港のお向かいは広州です。昔から「食は広州にあり」というぐらいで、ひじょうに食文化のレベルの高い地域として知られます。ですから食材は新鮮なもの、生きているものにこだわります。魚も鶏も生きているままで買って、各家庭でさばいて料理します。

また野菜や果物も豊富です。広州は温暖な気候で、農作物がよく取れますから、野菜や果物も鮮度のいいものがどんどん香港に入ってきます。さらには豆腐や豆乳といった大豆製品を日常的に摂っています。

豆腐は、海水を煮詰めて製塩した後の残液を「にがり」として使っています。このにがりには塩化マグネシウムがたっぷり含まれていて、豆腐は昔ながらの味です。それから魚です。香港は海に面しており、魚介類がふんだんに取れます。

野菜と果物、大豆、魚と長寿食材がそろい踏みしているのです。こうした長寿食は大豆文化の源流である貴州省や、野菜や果物を乾物にして多く摂る新疆(しんきょう)ウイグル自治区など、大陸の各地から流れ込んできたものです。

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さらにすばらしいのは「適塩」です。新鮮な食材を使うから、塩で濃い味付けをする必要がないのです。素材を生かしたあっさりした味付けです。また豊かな食材に恵まれているから、塩を使って保存食に加工する必要もありません。

だから香港のみならず、広州も高血圧の人がほとんどいません。広州にも2度調査に行っていますが、食塩の摂取量は1985年の1回目は1日で4.6グラムでした。2回目の調査は1989年で、このときはだいぶん都市化、欧米化が進んでいましたが、それでも5.7グラムでした。

広州には脳卒中についての統計はありませんが、血圧が平均107〜120と低く、おそらく脳卒中は少ないでしょう。

■階段や坂が多いため暮らしているだけで運動になる

香港の人の食生活は広州とほぼ一緒と考えてよく、食に関してはひじょうに恵まれた立地にあるといえます。これにさらに香港特有の事情が加わります。

狭い香港では住居はほとんどがアパートです。古いビルではエレベータがないものも少なくありません。さらに香港は立地上、坂が多いのです。つまりお年寄りも含めて、普通に暮らすだけでもかなり歩くことになり、自然といい運動になっているのです。

また香港のレストランでは、3〜4世代の大家族が食事をしている光景をよく目にします。香港は土地が狭いけれど、それだけに近所に暮らしているので一族郎党がすぐに集まれるという利点があります。その中でも年長者は食卓の中心です。

儒教の教えがありますから、お年寄りは敬われ、大切にされているのです。これはほかの長寿地域とも共通する部分でもあります。香港では食生活にプラスして運動習慣、さらに「心の栄養」が長寿を支えているのです。

■日本は長寿食材を多く食べているが塩分が多すぎる

香港は移住者の多い都市です。共産中国の時代、多くの人が香港に移住してきました。その結果として中国各地の長寿食の知恵が香港に集約しているのです。

それは庶民の食文化としてしっかり根付いています。冷戦終結後、経済のグローバリゼーションが起こっても、香港はその波に押し流されることなく、独自の伝統食を守ってきたのです。

家森幸男『遺伝子が喜ぶ「奇跡の令和食」』(集英社インターナショナル)

調査に行って香港の元気な高齢者を見たとき、「これではいずれ日本は香港に負けてしまうだろう」と直感的に思いました。野菜、果物、魚、大豆といった長寿食材を摂取していることでは、香港も日本も一緒です。しかし日本のほうが塩分が多いのです。

日本人は醬油などで塩分を多用するため高血圧になり、脳卒中が多くなってしまうのです。また、日本では、特に高齢の独居男性では孤食や外食が多くなっています。塩分摂取はおのずと増え、人との交流や笑う機会は減っていきます。これでは長寿からは遠ざかる一方です。

残念ながら私の予感は当たってしまい、その後、日本は香港に抜かれ、長寿世界一の座を譲り渡すこととなりました。

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家森 幸男(やもり・ゆきお)
京都大学名誉教授
1937年生まれ。京都出身。67年京都大学大学院医学研究科博士課程修了。病理学専攻。米国国立医学研究所客員研究員、京都大学医学部助教授、島根医科大学教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授などを経て現職。NPO法人世界健康フロンティア研究会理事長。上原賞・岡本賞・日本高血圧学会特別功労賞受賞、瑞宝中綬章受章。科学技術庁長官賞、日本脳卒中学会賞、米国心臓学会高血圧賞、日本循環器学会賞、ベルツ賞、杉田玄白賞、紫綬褒章受賞。著書に『世界一長寿な都市はどこにある?』(岩波書店)、『ついに突きとめた究極の長寿食』(洋泉社)、共著に『健康長寿の食べ方 早死にする食べ方』(海竜社)など多数。
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(京都大学名誉教授 家森 幸男)