有森也実(52)は最近、独り身になった。といっても、離婚したわけではない。その点では、ずっと身軽なままだ。デビュー以来所属した芸能事務所を退所し、独立を遂げたのだ。

 そんな彼女の人生の節目に、つねに立ち会ってきたのが、東京・池尻大橋にあるイタリアンキッチン&バー「Oti(オッティ)」。

「高校の同級生を通じて知り合ったマスターの伊藤さんとは、もう30年以上のつき合いになります。彼の勤め先が変わるたびに、追っかけて。13年前にこの店を開業した伊藤さんの作るパスタは、独創的でパンチがある。旬の素材をふんだんに使うのでヘルシー」

 有森の芸能人生に寄り添い、彼女が40歳の節目を迎える年に、先に独立した店主の伊藤義人さん。そして、大ベテランの域に達しながら、有森も新たな挑戦に乗り出した。

「もともとは、『mc Sister』(現ハースト婦人画報社)の専属モデル募集に、中3で応募したのがデビューのきっかけです。どっちかというと、『大好きな雑誌の編集部を見てみたい』という気持ちが強かった。

 それまで5歳で始めたバレエをずっと続けていたけど、中3になるとみんな進路のこととか考えるし、私もほかの世界を知りたくなったんです」

『mc Sister』は、『Olive』(マガジンハウス)と並ぶ、当時のティーン向けファッション誌の代表格。専属モデルから、川原亜矢子や高岡早紀、黒谷友香ら多くの女優を輩出した。有森と同時期に誌面を飾ったのは、今井美樹や安田成美といった、同誌の黄金期の面々だった。

「ほかにもRIKACOちゃんたちがいて、表紙や巻頭ページを飾る一方、私はその妹分という感じで、美容ページとかに地味に登場みたいな(笑)。そして、スペースクラフトという事務所に入ったんです。そこの社長が、『有森は背も高くないし、スタイルもモデル向きではない』と、女優へと導いてくれました」

 以降、高校に通いながらオーディションを受け、テレビドラマに出演する日々を送った。そして、18歳を前にして転機が訪れる。1986年公開の山田洋次監督の大作『キネマの天地』のヒロインに大抜擢されたのだ。

「西田敏行さん主演の『泣いてたまるか』というドラマに出演した際、演出をされた栗山富夫監督が山田監督のお弟子さんで、私を推薦してくださったんです」

 オーディション会場の松竹の応接室には、プロデューサーの野村芳太郎ら首脳陣が居並び、「『本当に、この子でいいんだね?』と、切羽詰まった感じが伝わった」と有森は回想する。

「なんにもできない、ただ若いだけの女優。手取り足取りで山田監督もひと苦労だったと思います。演技指導をしていただくうち、次第に何もおっしゃらなくなり……。『本を読んでこなくていい。よけいなことは考えるな』と言われました。引出しも、まったくなしですから、いま思うと冷や汗もの」

 それでも、どうにか大役を演じきり、同作で有森は第29回ブルーリボン賞新人賞、第10回日本アカデミー賞新人俳優賞に輝いた。『キネマの天地』は、長屋に住む元旅芸人の娘が父の反対を押し切って女優となり、大成する物語。有森は、それを地で行った。

 その5年後、大ヒットドラマ『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)で主人公をヒロインと奪い合う女性を演じ、国民的人気を得る。

 同作は最高視聴率32.3%を記録し、放送日と時間帯から「月9」と呼ばれ、社会現象化した同枠の、人気の火付け役となる。小田和正による主題歌『ラブ・ストーリーは突然に』は258万枚を売り上げた。

 さらに2020年春、動画配信サイト(FOD、Amazonプライム・ビデオ)でリメイクされ、再び話題となった同作。だが有森は、さらりと語る。

「作品が生き残っているのは、ありがたいです。でも、令和版は、みんな洗練されていてナチュラル。連絡だって全部スマホのSNSで、すぐつながれるじゃないですか? 私たちは公衆電話にポケベルですからね(笑)。時代背景が異なるので、まったく別物だと思っています」

あどけない『mc Sister』専属モデル時代で15歳のころ。当時の夢はバレリーナになることだった

「以前はね、女優になろうと一生懸命だったんですよ。女優として必要とされたいって。いまは肩の力が抜けてきたかな。樹木希林さんに憧れます。あのようなお婆ちゃん役を演じたい」

 老け役なんてまだ早いのでは−−。尋ねてみると、「だって希林さんは30代からお婆ちゃんを演じてたでしょ」と有森。たしかに、かつては北林谷栄や菅井きんら、若い時分から老け役専門の女優がいた。

「森光子さんの舞台『放浪記』にも、ずっと出させていただいたので、そんな “女の一代記” みたいな作品にも憧れます。でも、4K・8Kの時代。映画やドラマでは若い役は、ほかの女優さんにまかせないとね(笑)」

 有森はこまつ座の『頭痛肩こり樋口一葉』での主演など、作品数こそ少ないが、舞台劇でも活躍してきた。そして2019年は、同じこまつ座の『化粧二題』で初のひとり芝居に挑んだ。

 かつて渡辺美佐子が演じた井上ひさし作『化粧 二幕』の改題版で、大衆演劇一座の座長にして、息子を捨てたトラウマを抱える母親に扮した有森。ついに代表作と呼べる作品に巡り会えた喜びを、訥々と語った。

「私の役者人生の一生分くらいあるんじゃないかな、と思えるほど台詞が多い(笑)。言いづらい台詞もあったけど、それがキャラクターの特徴を、もっとも表わしているんです」

 有森演じる女座長は、物語の山場となる母子再会の台詞稽古に勤しむなかで、次第に母の素顔を見せる。その演技には、有森自身の家庭事情も、いくらか滲んでいた。

「私は今も独身で、子供もいません。芸能界デビュー後は、両親も長らく別居し、家族という形を体感していなかった。それがプライベートでは、自己肯定感のなさにつながったかもしれない。

 でも、演じるなかで家族を吸収してきた。しかも、いろんな角度で、それができた。これは、いくらお金を出しても得られない経験。なによりの財産です」

 有森の両親の別居には理由があった。神主の家に生まれた父は横浜での事業に失敗し、母と娘を残して佐賀に戻り、神社を継いだ。以来30年以上も、父母は離婚せず、別居生活を貫いた。

「2人の奇妙な関係を眺めるうち、『自分も結婚に不向きかも』と思っていたかもしれないですね。でも私、ひじきの煮物にパンにポトフ、餃子やハンバーグ……得意料理も豊富で、いつでもお嫁に行ける準備はできてるのにな」

 そう微笑んで、低温でじっくり何度も揚げ、肉汁を蓄えさせたささみのフライドチキンを、おちょぼ口でパクッ。喜ぶ瞳に、星が飛び散った。

ありもりなりみ
1967年12月10日生まれ 神奈川県出身。中学3年のころ、ファッション誌の専属モデルとなり、1986年、『キネマの天地』でヒロイン役に抜擢され映画デビュー。『NHK短歌』に司会としてレギュラー出演中。2020年12月には、劇団民藝+こまつ座公演『ある八重子物語』(三越劇場)に客演予定

【SHOP DATA/Oti(オッティ)】
・住所/東京都目黒区青葉台3-10-11 2F
・営業時間/ランチ(火〜金、第1日曜)11:30〜15:00、ディナー(火曜〜土曜)18:00〜23:00・(日曜)17:00〜22:00
・休み/月曜&第2日曜

取材&文・鈴木隆祐
写真・野澤亘伸
ヘアメイク・目崎陽子

(週刊FLASH 2020年8月18・25日号)