トラックが「ノロノロ運転」をするのには、理由があった。元トラックドライバーでライターの橋本愛喜氏は「急ブレーキをかけると荷物が吹っ飛ぶ恐れがある。ノロノロ走りたいのではなく、『ノロノロでしか走れない』という事情がある」という――。

※本稿は、橋本愛喜『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Apriori1
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Apriori1

■ドライバーはトラックを不要に止めたくない

トラックの謎行為としてよく聞かれるのが、彼らの「ノロノロ運転」だ。一般道や高速道路が渋滞中、前を大きく空けてノロノロ走っているトラックを見たことがあるだろう。その理由にはいくつかあるのだが、遠くまで見渡せる車高の高い大型トラックは、途中で加速したり止まったりしなくてもいい「一定の低速度」で走る方が楽だということが前提にある。

というのも、トラックの多くはMT車。AT車のように、ただアクセルを踏めば前進してくれるものではなく、速度を変える度にクラッチを踏み、シフトチェンジ(ギアチェンジ)をしなければならない。

また、一度完全停止させたトラックを発進させ、元のスピードに戻すには、手間も時間も燃料もかかる。特に、荷物を満載したトラックが急な上り坂で止まると、シフトチェンジやクラッチ操作はより煩雑になり、場合によっては前にも後ろにも身動きできなくなってしまうことがあるため、ドライバーはトラックを不要に止めたくないのだ。

シフトチェンジは、慣れれば決して難しい作業ではないが、信号の多い一般道や渋滞中の高速道路では、その回数は必然的に増える。こうした小さな作業の繰り返しが、少しずつ疲労として蓄積されていくため、トラックドライバーは数台先までのクルマの流れを見ながら、なるべく定速で走ろうとするのだ。

■渋滞の原因は大型トラックなのか

そんな中、時折「こうした大型トラックのノロノロ運転が渋滞を作っている」という声を聞くことがあるのだが、渋滞を発生させるのはトラックの「ノロノロ運転」ではなく、むしろ一般車が無駄に光らせる「ブレーキランプ」で、それに反応した後方のドライバーが次々にブレーキを踏むことのほうが要因としては圧倒的に大きい。

そしてもう一つ、トラックドライバーが混雑する道路をノロノロ運転する最大の理由が「バタ踏みの回避」だ。大型トラックのブレーキは「エアブレーキ」といって、不要に踏み込んだり頻繁に踏み続けたりすると、エアタンクに貯まっていた空気がなくなり、ブレーキが利かなくなってしまうことがある。

ドライバーの間では、こうした踏み方を「バタ踏み」と呼んでいるのだが、過去にはこのバタ踏みが原因の死亡事故も多く発生している。

特に山道や渋滞中の道では、前のクルマのブレーキランプにいちいち反応してブレーキを踏んでいると、こうした危険が生じやすくなるため、なるべくゆっくり走ることで、ブレーキを踏まなくてもいいように走ろうと日々努めているのである。

一般ドライバーがトラックのノロノロ運転に「イライラする」と感じるのは、一般道や渋滞中だけではないはず。高速道路の「追越車線上」でも同じくらい邪魔だと感じるところだろう。が、これにもトラックの構造上の理由がある。

■ノロノロ走りたいのではなく「ノロノロでしか走れない」

大型トラックには、高速道路での事故防止のため、2003年からスピードリミッターの装着が義務付けられた。これにより、大型車はどんなにアクセルを踏み込んでも、時速90キロまでしか出せなくなったのだ(大型車の高速道路上の制限速度は時速80キロ)。

そんな中、運送会社の多くが「社速」としている時速80キロで走るトラックを、この90キロのトラックが追い越そうとすると、単純に計算しても約1分間「トラックの並走」が起きてしまう(車間80メートル、車長10メートルの場合)。

こう言うと、「時速10キロの差くらい我慢して、全トラック時速80キロで最左車線を走ればいい」とする声が返ってくるのだが、時間と戦う長距離ドライバーにとって、1時間10キロの差は大変大きい。単純に計算して、10時間走れば100キロ。東京からだと、沼津あたりまでの差が開く。

図体の大きいトラックの並走に遭遇し、イライラすることもあるだろうが、それを運転しているトラックドライバー自身も、差し迫る到着時間の中、なかなか追い抜けずにストレスを抱えている。ノロノロ走りたいのではなく「ノロノロでしか走れない」ことを理解してもらえると、互いの運転意識も多少は改善されるのではないだろうか。

■トラックの「車間を空けすぎる問題」

こうしてノロノロ走るトラックの中には、前の車両と大きく車間を空けて走るケースもあり、一般車から更なるひんしゅくを買うことがあるのだが、実はこの「車間」にもちゃんと理由がある。「荷崩れの回避」だ。

「荷崩れ」とは、トラックの荷台に積んだ荷物が、振動や衝撃によって崩れてしまうこと。

ほとんどのトラックドライバーは、それまで培ってきた経験をもとに、積んでいる荷物の重さや積み方、道路状況、ブレーキの利き具合などから制動距離(ブレーキが利き始めてからクルマが完全に停止するまでの距離)を感覚で把握し、この「荷崩れ」を引き起こさずに止まることができるスピードと車間で走っている。

つまり、その大きく空いた車間は、チンタラ走ったがゆえの空間でも、他のクルマに前を譲るためのものでもなく、荷崩れせず安全に止まるためにトラックが必要としている大事な「パーソナルスペース」なのだ。

そんなスペースに、突然クルマが割り込んでくれば、当然トラックは安全な車間が保てなくなり、やむを得ず急ブレーキを踏むことになる。急ブレーキを踏んだトラックは、結果的に「前方の割り込み車との衝突」だけでなく、「後方の積み荷の荷崩れ」の危険性にも対峙することになるのである。

■荷崩れが引き起こす最悪な2つの事態

こうして急ブレーキを踏まざるを得なくなった際、トラックドライバーの脳裏には一瞬のうちに“荷崩れが引き起こす最悪な2つの事態”がよぎる。

一つは、「破損した積み荷の賠償責任」だ。

突然の割り込みに急ブレーキを踏み、そのクルマとの衝突を回避できたとしても、運んでいる大事な積み荷が荷崩れを起こして破損すれば、その後、トラックドライバーは「損害の賠償」という重い負担を背負うことになる。

ドライバーはハンドルを握って走っているだけが仕事ではない。彼らの本当の役割は「トラックの運転」はもちろん、「荷物を安全・無傷・定時に届けること」。こうした立場から、荷物が破損した際の賠償は、トラックに荷物を積み込んだ時点で、「運ぶ側」が負わされることがほとんどなのだ。

運搬する荷物の中には、筆者が積んでいた金型や、慎重な扱いが求められる精密機械など、その額が「億」を軽く超えるものもあり、破損した際の損害額も巨額になる。そのため、危険運転を繰り返す悪質な一般ドライバーによって引き起こされる荷物事故を少しでも食い止めようと、最近ではトラック車内にドライブレコーダーを搭載し、その車両を特定しようとする運送業者も増えてきている。

もう一つの“最悪の事態”は、「身の危険」だ。

急ブレーキを踏んだトラックは、前方のクルマとの衝突を回避できたとしても、後ろに積んだ荷物が「慣性の法則」によって前になだれ込んでくることで、運転席が潰れたり、バランスを崩して横転したりする危険に晒される。

■右足の「ひと踏み」で簡単に吹っ飛んでしまう

筆者もかつて、縦3メートル、横1.5メートルにもなる板状の金型を積んで高速道路を走行している際、急ブレーキを踏んで大規模な荷崩れを起こしたことがあった。走っていた道が緩やかな上り坂だったので、荷物が前に滑り込むことはなかったが、もしそこが平らな道路だったらと思うと、今でも腰のあたりが異様に疼き始める。

トラックドライバーももちろん、こうした荷崩れ対策のために手間を掛け、工夫を凝らして日々荷積み作業を行ってはいるが、残念ながらこうした努力は、右足の「ひと踏み」で簡単に吹っ飛んでしまうことが多い。

トラックドライバーにとって急ブレーキを踏む瞬間は、何を載せていたか、しっかり固定していたか、損害額はいかほどかなどを考えたり、時には「前への衝突」と「後ろからの衝撃」を天秤にかける瞬間ともなる。トラックは、走らせるよりも「止める・停める」ことのほうが、技術的にも精神的にも難しい乗り物なのだ。

■トラックと一般のドライバーの間にある「感覚のズレ」

そんな危険をもたらすトラック前への割り込みだが、実はこの「割り込み」において、トラックドライバーと一般ドライバーとの間に、「感覚のズレ」が生じることがある。その原因になっているのが「車高の違い」だ。

橋本愛喜『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)

既に述べたように、トラックは車高が高いうえに、左後方が死角になることが多い。そのため、車高の低い乗用車が、そのトラックの前に入るべく右ウインカーをトラックと並んだ状態から光らせても、トラックにはそれが見えないことがある。

一般ドライバーにとっては、長めにウインカーを出していたつもりでも、そのウインカーがトラックドライバーに伝わっていなければ、彼らには「急な割り込み」にしか感じられず、結果、不要な急ブレーキを踏むことに繋がるのだ。

こうした危険は、ルームミラーにトラックの車体がしっかり映り込むくらい前に出てから、ウインカーを4、5回ほど点滅させて車線変更することで回避できる。そのくらいの車間と時間があれば、トラックにも、安全な車間を取り直す余裕が生まれるため、不要な急ブレーキを踏む回数は大幅に減る。

無理な割り込みで生じる結果に、いいものは決してない。どんな時でも、心と車間に余裕を持った運転を常に心がけてほしい。

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橋本 愛喜(はしもと・あいき)
フリーライター
元工場経営者、トラックドライバー、日本語教師。ブルーカラーの労働環境、災害対策、文化祭、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆や講演を行う。
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(フリーライター 橋本 愛喜)