介護ヘルパーの仕事で「相手に後ろ姿を見せてはいけない、ドアは開けたままにする」という注意事項がある。どういう意味なのか。20年以上のヘルパー経験を持ち、介護職員の処遇改善を目指して活動する藤原るかさんが、訪問先での実体験を語る--。

※本稿は、藤原るか『介護ヘルパーはデリヘルじゃない 在宅の実態とハラスメント』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz

■全裸で立ちはだかる青年にどう対応するか

私が「ヘルパーは利用者のセクシャルな部分に関わる仕事でもある」と意識したのは、まだ若かりし35歳のときです。当時はまだ介護保険制度が始まる前で、私は自治体に勤務する公務員ヘルパーでした。

ヘルパーになりたての私は「もっと勉強しなくては」と、都内で行われていた「在宅ケア研究会」という勉強会に参加。先輩ヘルパーが実際に経験した事例をもとに、ヘルパーとしての心構えや対処方法などを学び合っていました。

その日のテーマは「精神に病のある青年が全裸で立ちふさがったときに、どう対応するのか」というもの。それまで訪問先の利用者は受け身でいるものだと思っていた私は、その場面を想像するだけで足が震えました。

それと同時に「生身の人間を相手にするというのは、こういうことなのか」と、ヘルパーという仕事の意外な側面を教えられたのです。

世の中には、道端の電柱の陰から全裸にコートを羽織った男が女性を驚かし、その姿を見て喜ぶ露出狂の人がいます。そういうとき、多くの女性は「きゃーっ」とか「あっ」とか叫んで逃げ出すことでしょう。私も走って逃げます。

しかし、ヘルパーはそういうわけにはいきません。私たちには「身体介護」(食事や排泄の介助、衣服の着替え、入浴介助などの身体的な介護のこと)と「生活援助」(献立や調理、衣類の洗濯、部屋の掃除など、日常生活の援助を行うこと)という仕事があり、それをやらずに利用者宅を離れるわけにはいかないのです。

■ヘルパーをベッドに誘う80代の男性

一般的に70代以上のお年寄りというと、枯れたイメージがあるかもしれませんが、実際にはそうではありません。性的衝動はいつまでも残っていることを実感します。

私がヘルパーとして関わった80代のKさんも、そうしたひとりでした。半身不随がある方で、食事を食べさせた後、薬を飲ませ、歯を磨いて、寝間着に着替えるのを手伝い、最後にベッドに寝てもらうのが仕事です。これを就寝介助といいます。

そのときも、私が「じゃあ、ベッドに寝ましょうね」といいながら、身体を支えようとしました。すると、いきなり麻痺(まひ)していないほうの腕で抱きつかれたのです。あやうくベッドに引き倒されるところでした。

反射的に身体をもとの体勢に戻し、Kさんから離れました。そして、結果的にベッドに横になった格好のKさんの身体に布団をかけ、何食わぬ顔で「これから茶碗を洗わないといけませんから、先に寝ていてくださいね」といい、台所に戻ったのです。

Kさんはというと、不満そうに「だって、ベッドに寝ようっていったじゃないか」と文句をいっています。これを聞いて「男性はいくつになっても性的な欲望があるんだ」と驚きました。まさか「ベッドに寝る」という言葉を「床をともにする」という意味に解釈するとは、夢にも思いませんでした。

■「お金を払うからやらせろ」

Kさんが自分の行為を正当化するために、意図してそういう反論をしたのか、その辺のところはよくわかりませんが、ここで大げさに騒ぐと、相手によっては「なんだ、おまえは生意気だ」といって怒り出す人もいるので、さりげない態度を取るのが賢明です。

女性から拒絶されると、自尊心が傷つけられる人もいますからね。開いた傷口に塩を塗るようなことをしては逆効果になります。こちらがキッパリとした態度で接すると、「このヘルパーには手を出せない」と思うのか、そうした行為は止むことが多いです。とはいえ、おとなしそうなヘルパーに同じようなことをする可能性もあるので、事業所には報告します。そうやって情報を共有するのです。

利用者のなかには、ヘルパーをデリヘルかと勘違いしている人がいます。「お金を払うから、やらせろ」といって交渉してくるのです。この時点で悪質なセクハラですが、おかまいなく真顔でいうのですから、本当にまいってしまいます。

この手の人は、「あんた、いくつになる?」とか「結婚しているのか?」などとプライベートなことを聞いてきます。結婚しているというと、セックスの話題を持ち出し、こちらの反応を見ながら「やらせろ」といってくるのです。

■「接吻2000円」お手製のサービス表まで

こういう人には「ヘルパーはデリヘルではありません」といって毅然(きぜん)とした態度で断ります。実際に迫ってくることはないので、こわいということはありませんが、こういう言葉によるセクハラも、ヘルパーをひどく傷つける行為には違いありません。

また、私の経験ではありませんが、「サービス価格表」という紙が置いてあるのを、ヘルパーとの連絡や調整を担うサービス提供責任者が発見したことがあります。そこには「手を握る=100円、胸を触る=500円、胸を直に触る=1500円、ほっぺにキス=1000円、接吻=2000円、あそこを触る(15秒)=2500円……」などと書かれてあったそうです。

他のヘルパーに聞き取り調査をすると、40代前半の女性ヘルパーが「あんたたちも薄給で大変だろう。こんなの作ってみたんだけど、どれか選んでくれないかなあ」といわれたと証言したのです。

彼女が冗談で「みんな、ゼロが1つ足りないわよ」というと、「そうか、わかった。いくらでもやるから、いいことしよう」と目をらんらんと光らせたそうです。それを見て気持ちが悪くなり、それ以来、悩んでいたとのことでした。

これはかなり悪質なセクハラといえるでしょう。注意して改善されたそうですが、「男性ヘルパーに代わってもらいますよ」とか「セクハラです」といえば、収まる可能性はあります。

それにしても、こんなサービス価格表まで作るとは、知能犯といえますね。男って奴(やつ)には、本当にあきれます。

■夫とヘルパーの仲を疑う認知症の妻

これは直接的なセクハラではありませんが、セクシャリティに関わる事例として紹介したいと思います。

私が訪問していたのは80代半ばの認知症のF子さんで、10歳年下のご主人と同居していました。F子さんは、若い頃はさぞや美人だっただろうと思われるような女性で、いつも身なりもきちんとしています。

私の担当は食事の介助や服薬、更衣してデイサービスへの送り出しですが、F子さんの「この服は主人が買ってくれたの」という説明を聞きつつ洋服を着せると、今度はバッグの中身をチェックします。「ティッシュがないと困るでしょ」といいながらバッグにティッシュやハンカチを入れるのですが、入れたことをすぐに忘れてしまい、同じことを何度も繰り返すのです。これは記憶障害が特徴の認知症の1つで、F子さんにかぎったことではありません。

そばで見ていたご主人が業を煮やし、「いい加減にしろ」と怒鳴りました。すると、びっくりしたF子さんは、あろうことか、私のほうを見て「あんた、旦那とできてるんでしょっ!」といったのです。ご主人に怒鳴られたF子さんが、自分がデイサービスに行った後、私とご主人が何かすると勘違いしたのでしょう。

■家族と利用者の板挟みもよくある

私は、ご主人が怒鳴る前に声を掛けていればよかったと反省しながら、2人をなだめ、F子さんをデイサービスの送迎車になんとか乗せますが、F子さんは車に乗ってからも、こちらのほうを不審そうに見ています。

藤原るか『介護ヘルパーはデリヘルじゃない 在宅の実態とハラスメント』(幻冬舎新書)

このままではまずいと思った私は、送迎車が向かう方向に歩き出し、F子さんが安心した表情になるまで手を振って送り出しました。

私の次の訪問先は送迎車の方向とは正反対でしたが、F子さんの疑念を晴らすためにはしかたがありません。それ以降、F子さんはデイサービスの送り出しの度に「あんた、旦那とできてるでしょう」というようになってしまったのです。

頭から離れなくなったようでした。認知症は記憶に障害のある病気ですが、マイナスの感情は定着しやすく、このことに関しては忘れることはなかったのです。

F子さんの訪問には私以外のヘルパーも関わっていたので、みんなで「これはご主人への愛だね」と話していましたが、毎回のようにいわれるので、結構まいりました。

ヘルパーは、こうした家族と利用者の板挟みになることもあります。認知症の人の「嫉妬妄想」や「物取られ妄想」など、現場ではよく出会います。そういう意味では、夫と妻の関係性やセクシャリティには配慮が必要です。

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藤原 るか(ふじわら・るか)
東京都の訪問介護事業所・NPOグレースケア機構所属・登録ヘルパー
学生時代に障害児の水泳指導ボランティアに参加したことから福祉の仕事に興味を持ち、区役所の福祉事務所でヘルパーとして勤務。介護保険スタートにあわせて退職。訪問ヘルパーとして20年以上活動している。在宅ヘルパーの労働条件の向上を目指し、介護環境の適正化を求めた公の場での発言も多い。「共に介護を学び合い・励まし合いネットワーク」主宰。著書に『介護ヘルパーは見た』(幻冬舎新書)がある。
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(東京都の訪問介護事業所・NPOグレースケア機構所属・登録ヘルパー 藤原 るか)