船木和喜、長野五輪の原田雅彦“失敗ジャンプ”を語る 「僕だったら…」「目がウルウル」
13日放送、MBS「戦え!スポーツ内閣」に、長野五輪のスキージャンプで金メダルを獲得した船木和喜が出演。長野五輪の有名な原田雅彦のジャンプについて、失敗ではなかったと話した。
最終ジャンパーを務めたリレハンメル五輪で失敗し、銀メダルに終わっていた原田は、長野五輪でも1本目に3番手で失速。飛距離を出すことができなかった。
だが、同じく悪条件の中で思うように距離を出せなかった船木は、「僕があの条件で跳んでいたら、もしかしたら30メートルくらいで落ちていたかもしれない」と話す。
前に飛び出す自分と、上に高く跳ぶ原田のスタイルの違いに触れた船木は、「高さがあるからあのメートルまでいけたとも言える」と、原田のジャンプは失敗ではなかったと述べた。
船木はメンバーが「『50メートル以上いってくれた』という気持ちだった」としたうえで、「わざと『100メートルはいけよ』って冗談交じりで言っていた」と、雰囲気を明るく保とうとしていたと明かす。
ただ、原田のジャンプに対する周囲の落胆は大きかった。船木も「本当に冷たかった」と、空気が凍り付いていたと振り返る。
それでも、2本目に原田は大ジャンプを成功させ、日本は逆転で金メダルを獲得した。じつはこのとき、4番手だった船木は、原田に対してある役割を放棄していたという。
アンカーは通常、下にいるコーチと連絡を取り合い、点数差や必要な飛距離をメンバーに伝えなければいけない。だが、船木は「先輩に『頼むから130メートルいってくださいよ、僕が大変になりますから』なんて言えない」と、1本目のこともあり、原田に指示を伝えられなかったと明かした。
船木は興奮して指示を出すコーチの言葉を「だいたい聞いてなかった」という。原田は「ずっと目がウルウルしていた」だけに、船木の“伝令拒否”がかえって奏功し、重圧にさらされていた原田の大ジャンプにつながったのかもしれない。
最終ジャンパーを務めたリレハンメル五輪で失敗し、銀メダルに終わっていた原田は、長野五輪でも1本目に3番手で失速。飛距離を出すことができなかった。
だが、同じく悪条件の中で思うように距離を出せなかった船木は、「僕があの条件で跳んでいたら、もしかしたら30メートルくらいで落ちていたかもしれない」と話す。
船木はメンバーが「『50メートル以上いってくれた』という気持ちだった」としたうえで、「わざと『100メートルはいけよ』って冗談交じりで言っていた」と、雰囲気を明るく保とうとしていたと明かす。
ただ、原田のジャンプに対する周囲の落胆は大きかった。船木も「本当に冷たかった」と、空気が凍り付いていたと振り返る。
それでも、2本目に原田は大ジャンプを成功させ、日本は逆転で金メダルを獲得した。じつはこのとき、4番手だった船木は、原田に対してある役割を放棄していたという。
アンカーは通常、下にいるコーチと連絡を取り合い、点数差や必要な飛距離をメンバーに伝えなければいけない。だが、船木は「先輩に『頼むから130メートルいってくださいよ、僕が大変になりますから』なんて言えない」と、1本目のこともあり、原田に指示を伝えられなかったと明かした。
船木は興奮して指示を出すコーチの言葉を「だいたい聞いてなかった」という。原田は「ずっと目がウルウルしていた」だけに、船木の“伝令拒否”がかえって奏功し、重圧にさらされていた原田の大ジャンプにつながったのかもしれない。