誰もが一度は迷子になる! 世界一複雑な新宿駅の地下通路を読み解いてみた

とにかく複雑な新宿駅、その読み解き方とは?(写真:gandhi / PIXTA)
TBS系列「マツコの知らない世界」に、渋谷駅をテーマに出演し話題となった、駅オタクの第一人者である田村圭介氏。一級建築士で、昭和女子大学環境デザイン学科准教授でもある。その田村氏によると、実は渋谷駅だけではなく、世界一混雑する駅としてギネス認定されている新宿駅もかなり難解だという。『新宿駅はなぜ1日364万人をさばけるのか』(SB新書)を著した同氏に、新宿駅の謎について語ってもらった。

「新宿駅でさまよう羊たち」
4月4日、新宿駅南口に「バスタ新宿」がオープンした。バスタとはバスターミナルを省略したネーミングである。
これまで新宿駅にはまとまった敷地が取れず、高速バスターミナル乗り場が駅周辺の19カ所に分散してあった。その散らばっていたのを、今回「バスタ新宿」で集約させたわけである。これは、新宿駅そして新宿にとっては画期的なことである。その敷地をどう捻出したかが興味深いところであるが、なんと南口の線路上に造ってしまった。何とも都市的な施設なのである。
「バスタ新宿」の隣の超高層ビル「ミライナタワー」と商業施設「ニュウマン(NEWoMan)」とを合わせて南口が盛り上がることは確かだが、高速バスターミナルを探して新宿駅をさまよう人も明らかに減るに違いない。
この記事では、そんな人々がさまよってしまう新宿駅について考えてみたい。
1. 就活生の人生を決める新宿駅は就活の第一関門?!
新宿駅でも黒の就活スーツに身を包みぎこちなく背筋をのばした若者を見かける季節になった。いかにも就活中の彼らが眉間にしわを寄せながらスマホを片手に新宿駅でキョロキョロしているのを見かけると、聞かれてもいないのに、つい「どちらへ行きたいのですか?」と手助けをしたくなる。さまよえる羊さんたちには首から「迷っています」というプラカードでも下げてもらいたい。
新宿で行われる企業の就職説明会や面接の遅刻の理由で最も多いもののひとつが「新宿駅で迷った」というものであると聞いたことがある。これは新宿駅で迷った経験がある人には分かるだろう。普段、新宿駅を使い慣れている人でも、事前に最寄りの出口を調べていなかったならば、初めての目的地へたどり着くのは至難の業である。
複雑になりすぎた新宿駅の地下はもはや迷子を生み出すバグ!
もし新宿駅で就活スーツ姿の青ざめている人がいたら、それは面接に遅刻するかしないかで人生の分岐点に立たされてしまっている、ちょうどその瞬間かもしれない。
遅刻した就活中の彼らに対して企業側はどんな反応をするのだろうか。?事前に調べておくことができるのだから自己管理不足、個人の責任としてあくまでも「遅刻」ということで減点とする、?新宿駅は世界一混んでいる駅としてギネスにも認定されている特殊な場所であるから「仕方がない」と、駅側に理由があるとする――。
?か?かはその企業の体質によっても異なるであろうが、新宿駅とは、企業が?のような観点で個人の資質を問う、格好の判断材料として使えるかもしれない。学生にとっても企業側の姿勢や社風を知るいい材料になるかもしれない。
2. 新宿駅は「バグ」多発地帯?
コンピュータプログラムの不具合を「バグ」と言うが、生活の隅々までコンピュータが行き渡った今、バグは絶滅するどころか、増える一方である。今でもさまざまな重要な社会インフラ上でシステムトラブルが頻繁に起こっている。
そうした不安定な基盤の上にこの社会があることはちょっと不思議なことだ。そして、プログラムが複雑で膨大になればなるほどバグが生じ、それは完全な機械であるよりもむしろ人間的で、気まぐれな部分を持ちながら動作する。
複雑な新宿駅はもともと迷うために設計されているのではない。駅は都市の大量の人間の動きを成立させるために生まれた機械であるはずだ。しかし、複雑になればなるほどそこには不具合とも言える迷路的な空間が発生し、迷子を生じさせる。新宿駅のもつ迷路的な空間は、まるでバグのようである。
新宿駅でさまよえる子羊たちは新宿駅のバグによる犠牲者たちなのか。
3. 地下道は近道である
新宿駅で迷うとき、そのほとんどは地下の通路や広場で迷っている。プラットホームで迷うことはあまりない。多くはプラットホームから階段で下がり、地下通路に入ったときに迷うだろう。そんな通路も本来なら地点Aと地点Bを結ぶというシンプルなものから始まったはずが、いくつもの結びが重なって複合化し、複雑になった。新宿駅は改札を出てからも地下通路網が続いている。
しかしそもそもどうして地下に通路があるのであろうか。
地下道とは「安全・安心・便利・快適」の原理がすべてそろった都市施設
渋谷駅の地下に2014年にできた「渋谷ちかみち」という地下通路がある。それは渋谷ヒカリエからSHIBUYA109までを渋谷駅の地下で結ぶ地下通路である。もともとあった地下通路に新たに都会的な内装やプログラムを施し、そこを「渋谷ちかみち」とネーミングをした。
ここではその試みよりもこのネーミングの「ちかみち」に注目したい。実のところ「ちかみち」は地下通路の本質を捉えていて言い得て妙だ。「ちかみち」とは地下道と近道を掛けている。「渋谷ちかみち」が独り占めしているのはもったいないぐらいだ。
地下道のナゾ
日本には地下通路は戦前からあったものの、戦後急増した。戦後、都市の人口が増える中、都市内の道路は増加する車の利用が進む。駅前の道路などは都市化し道路の拡張が難しい。地上の道路は車が幅を効かせれば当然歩道は狭くなる。狭い歩道では駅から溢れ出てくる人の量に対してキャパオーバーとなる。そこで、地下の歩道空間が考案された。
地下であれば、雨、雪、台風など天候に左右されず温度も保たれている。地上の道路を歩くと車に行く手をはばまれたり、信号で待たされたり、事故に合う可能性もある。2つの地点があるとき、地上と地下ではその間の距離は同じであっても、地下道は車に邪魔されることなく目的地に到着できる。いわばハイウェイ、つまり「近道」である。地下道とは「安全・安心・便利・快適」の原理がすべてそろった都市施設なのである。
ただし地下通路は蛍光灯が等間隔で並んだ無味乾燥とした地点Aと地点Bを結ぶためのドライな人工空間である(もちろん、地下には商店街が発達している場所も多いが)。それは地上を手紙的であるとたとえるならば、地下はメール的である。
手紙には、筆跡があり用紙があり、封筒があり、切手がある。これらすべてが、伝える内容に添えられている。そしてそれをポストに投函し、届くまでに時間が掛かる。そこには手のあとがある。対してメールは伝えることだけに特化されており、手紙がもつ手のあとはすべてない。メールで無理に手のあとらしきものを添えようとすれば、フォントを変え絵文字を付けるぐらいであろう。
地下通路はつなぐことだけを考え、多くのものが削ぎ落とされたメール的な空間である。それに対して地上の道路には手紙的でたくさんの色がある。道路には建物が面している。建物それぞれはみな異なる高さや形や色を持つ。そしてそこには空がある。明るい暗いだけでなく、天候という色も添え、空は道路を彩る。
むろん最近ではこの地下通路の寂しさは、地上に引けをとらないにぎやかな地下の商業空間のためにかき消されることもしばしばである。地下であることを忘れさせる勢いのある地下街も多い。
いずれにしろ、地下道には空がない。あどけない話である。
もはや新宿駅は巨大な地下迷路「新宿ダンジョン」。上から見ると「田ラみ」?
4. ナスカの地上絵よろしく新宿の地下絵?
この本来「つなぐ機能」としての地下道がいくつも複合化し、新宿の地下で広がり地下ネットワークを築くようになったころ、どこからともなくこの新宿駅の地下通路網を「迷宮」「ダンジョン」と呼ぶ声が聞こえてきた。新宿駅で迷うことが決して個人的なものでなく、他にも迷っている人がいることが自覚され、その経験を共有できるようになったからであろう。
「新宿ダンジョン」と呼ばれて
新宿駅はいつしか巨大な地下迷路と化していた。通路という機能を追求したその副作用として生まれた迷路的な空間の一面はゲームにまでなってしまった。ゲームクリエイター上原大介による『新宿ダンジョン』である。
自分は新宿駅より先に渋谷駅の巨大な迷路に興味を持った(そのことは「マツコの知らない世界」という番組にも呼んでいただいて語っている)。渋谷駅の複雑な空間に、隠れた秩序があるのではないかとその形を調べた。そして、渋谷駅の中に「たてのリング」と「よこのリング」という2つの環状の形が渋谷駅を形作っていることを見いだした。
そして今回、新宿駅でも同様に形探しを試みた。ところが、新宿駅では環状のようなシンプルな形が出てくる代わりに、現れたのは3つの文字であった。それらは漢字の「田」、カタカナの「ラ」、ひらがなの「み」であった。これらをまとめて新宿「田ラみ」と呼んでいる。
これらは地下連絡通路網の形をただ文字として見立てたものであるので、地下通路網を示した地図があればだれでも見ることができる。それは新宿の大地いっぱいに文字が広がっている状態なので、まるでナスカの地上絵のようであるが、地下であるのでナスカの地上絵のように上空からは実際に見ることができない。
渋谷駅の「2つのリング」は、周りからは独立した渋谷の谷底にできた立体的な空間構造を持つがゆえに生まれた形である。似たように新宿のそれは環境と密接に関係している。新宿「田ラみ」はその周辺と絡み合いながら、新宿駅が周りと伸びやかに連結するアメーバのように広がっていることを表している。それは地理、地形、歴史、文化を見事その形に集約させている。「田ラみ」に新宿駅、新宿の秘密が埋め込まれているのだ。そして、この3文字はだれが仕組んだものでもない、自然発生的にできたものだ。
普段、歩いている地下通路網を俯瞰し全体を見ると、実は大きな文字となっていて、その文字のなかを人々がさ迷っていることを想像するとおもしろい。
この「田ラみ」については、詳しくは拙著『新宿駅はなぜ1日364万人をさばけるのか』(SB新書)でも書いている。紙面の都合で本書のあとがきが割愛されてしまったので、この記事はあとがきみたいなものだ。

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著者
田村 圭介 :一級建築士・昭和女子大学環境デザイン学科准教授
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