近年ブームの"プロレス女子"。「イケメンレスラーにキャーキャーと黄色い声援を送るミーハーな女性たち」とメディアは報じる。しかし実のところ、彼女たちのプロレス・リテラシーは非常に高い。冷静に試合を分析し、会場の空気を読む、いわば優等生だ。

 かつて、そんな今のプロレス女子とは毛色の異なる"プロレス女子"たちがいた。クラッシュ・ギャルズのファンだ。1983年、長与千種とライオネス飛鳥によって結成されたクラッシュ・ギャルズは、女子中高生に絶大な人気を誇り、社会現象にまで発展した。揃いのハッピを着た親衛隊が、メガホンとポンポンを持ち、長与と飛鳥の一挙手一投足に歓声と悲鳴を上げた。そんな彼女たちに、今の私たちは憧憬の念を抱く。会場の空気なんてどうだっていい。そこまで盲目的に、だれかに心酔してみたい、と。
 
 長与千種が新団体・マーベラスを旗揚げすると聞いたとき、脳裏によぎった。もしかしたら、クラッシュ・ギャルズ全盛期のような熱狂を、私たちも味わうことができるのでは......? 期待を胸に、5月3日の旗揚げ戦直前、長与の元を訪れた。隣には、マーベラスの若手・彩羽匠(いろは・たくみ/23歳)。頬が紅潮し、この場にいられることが嬉しくて仕方がない、という眩い笑顔を見せる。

 彼女に同席してほしい、と頼んだのは私だ。昨年12月、旧姓・広田さくら「産休興行」で初めて彩羽匠を見たとき、「......クラッシュだ!」と鳥肌が立った。ずっとずっと、生で見たかったクラッシュ・ギャルズ。直後、彩羽がマーベラスの所属だと知り、胸の鼓動を抑えきれなかった。――私もあの時代の、あの熱狂を味わえるかもしれない。

 彩羽がプロレスと出会ったのは、高校生のときだ。

「パソコンを使う授業で、You Tubeを開いたら、ちょうど北斗晶さんと神取忍さんの試合がトップに出てきたんです。そこでプロレスというものを初めて見て、怖いけど、ドラマがあるんだなと思いました。プロレスってこういうことなんだと思って、そこからプロレスにのめり込んでいきました」

 北斗晶でもなく、神取忍でもなく、長与千種に惹かれたのはなぜかと聞くと、「考えたことなかったですけど......」と言い淀んだ後、こう言った。

「長与さんを見て、プロレスラーになりたいと思いました」

 彼女は力強い言葉と、意志を持っていた。

 プロレスに出会う前の彩羽は、人に興味がない、テレビにも興味がない、冷めた子どもだった。それがプロレスに出会ってから、クラスでプロレスごっこをするようになり、みんなに「プロレスが好き」だとアピールするようになった。学校にDVDレコーダーを持参して、授業中も昼休み中も、ずっと長与の映像を見た。初めて、熱くなれるものを見つけた。
 
 憧れの長与に初めて会ったのは、大学生のときだ。剣道部だった彩羽が国体ベスト16に入った褒美に、母親が長与の経営する店に連れていってくれた。母は長与に会えば気持ちが落ち着いて、また剣道に専念するだろうと思ったのだ。しかし、そこからさらに火がついた。「心が火事でした」と彩羽は笑う。

 その頃、長与は団体を作るかどうか迷っていた。
 
「全日本女子プロレスの松永会長が亡くなったとき、北斗晶から連絡が来て、『チコさん、星を隠してるでしょ』と言われたんです。星というのは、会長が言っていた"リングに眠る星"のことなんですけど。リングには星がいっぱい散らばっている。小さい星は簡単に取れるけど、ひと際大きい星はそうそう取れない。会長は生前、北斗に言ってたらしいんです。『長与はすごい星だ』と。それで、『星をそろそろ出してもいいんじゃないですか、じゃないと女子プロレスがダメになっちゃいますよ』と言われたんです」

 長与はひとり、松永会長の墓参りに行った。炎天下の中、2時間墓の前に座り、「なんで自分なんだ」と怒りにも似た感情をぶつけた。全日本女子プロレスの歴史を受け継ぐなんて、自分にはできない......。しかし帰り際、「今度会いに来るときは、団体つくって来るから」と誓った。長与の結論は、自分は女子プロレスから離れることができないというものだった。

 松永会長の他界後、父親がすい臓がんで亡くなった。モルヒネが効かず、全身麻酔での最期に言われた。「たったひとりでいいから、選手をつくれ。もう一度、見せてくれよ」――。分かった、と約束をして、父は帰らぬ人となった。父との約束と、全日本女子プロレスの親父たちとの約束。長与はふたつのものを背負った。

 彩羽が店を訪ねてきたのは、そんなときだった。プロレスラーになりたいという強い思いを聞き、喉から手が出るほど欲しいと思った。しかし、「よし、来い」とは言えなかった。道場もリングもない状況だったからだ。それから2年が経ち、ようやくすべてが整いかけたとき、彩羽は大学を中退し、スターダムに入団してしまう。現実を受け止めるほかなかった。

「でも、もし叶うことなら、彩羽とリングの上で組んでみたいと思いました。組んだときの呼吸を感じてみたかった。それが、2014年『That's 女子プロレス』大田区総合体育館で実現したんです。リングで並んだとき、彩羽はカッコよかった。控室でウロウロしているときもカッコよかった。他にも動ける凄い選手はいるけど、凄いだけではダメなんです。人の心を動かせるかどうか。そのキャラが際立っているかどうかなんです。彩羽にはそれがありました」

 その一方で、彼女と組んで実感した。もう自分を訪ねてきた頃の彼女ではない。「ああ、この子は違う団体のレスラーなんだ......」。試合の最後、長与はマーベラスの旗揚げを発表した。彩羽はそこで初めて知ることになる。憧れの人が、新しい団体を作る。自分はそこには入れない。動揺を隠すのに必死だった。自分に対して苛立った。なぜ自分はもう少し待たなかったんだろう。長与に初めて会ったときに言われた「大学を卒業しなさい」という言葉通りにしていれば......。長与のその言葉は、「待っててほしい」の意味だった。
 
 その後、「That's 女子プロレス」の地方巡業に、彩羽はついていく。長与の身の回りのことをこなす中、一番キャリアの浅い彩羽は、洗濯機を使うのが深夜3時近くになったことがあった。長与のコスチュームが朝までに乾かない。そう思った彩羽は、朝までコスチュームを持ってホテルの中を走り回り、乾かした。それを聞いた長与は思わず笑ってしまった。やっぱりこの子がほしい。すれ違いを乗り越え、彩羽はマーベラスに入団した。

「初めて試合を見る人の心を鷲づかみにする選手に育てたいです。彩羽が私を見てプロレスラーになりたいと思ったんだったら、今度はあなたが渡す番だよ、と言いたい。長与千種は記録も強さもなかった選手ですが、唯一持っていた技、唯一伝えていきたいことはそこだよ、と。賛否両論言われる選手になってほしいですね。スターの条件って、そこですから。アンチの人って、文句を言いつつ、なんだかんだ試合を見に来る。そういうお客様、私は好きなんですよ。人間臭さがあって」

 彩羽のファイトスタイルは、全力の真っ向勝負。しかし根はネガティブ。コンプレックスの塊で、子どもの頃から引っ込み思案だった。あまりにも緊張しすぎると、突然すとんと眠りに落ちてしまう。「それが現実逃避が始まった合図」と長与は笑う。スターになるには、ネガティブでなければいけない、とも。

「ポジティブな子は、常にスイッチがオンなので、一定なんです。高低がないんです。ネガティブな子は、大きなスイッチを入れます。自分が嫌だから、自分でスイッチを入れるんですよ。それが武器だと思ったほうがいい。自分を掻き立てる大きな武器です」

 5月3日、マーベラス旗揚げ戦。彩羽は里村明衣子とメインの試合で戦う。里村は、長与の前団体ガイア・ジャパンの生え抜きレスラー。愛弟子対決となる。

「里村ほど玄人受けするレスラーはいない。でも今の自分は、素人受けするレスラーを作りたい」

 長与のカラーは"赤"。里村も彩羽も、赤いコスチュームを身にまとう。同じ"深紅"でも、里村は「神紅」。彩羽に望むものは、「信紅」だ。万民に信頼されるレスラーになってほしいという願いが込められている。

 彩羽は里村について、「相手にされていない」と後ろ向きな言葉を発した。そして、「......でも、いろんな思いがあります」と打ち明ける。

「女子プロレスを、たかが3年ですがやってきて、ずっと『これじゃない』と思っていました。自分が試合をしていても、人の試合を見ていても......。今度の旗揚げ戦で、自分が思い描くものを少しでも出したいです。女子プロレスを、変えたいんです」

 ふたりを育てた長与には、試合がどういう展開になるか、想像がつくという。しかしもし、その想像を超える何かが起きたら。

「泣くと思います」

 長与千種のその言葉を聞いた私は、もう、クラッシュ・ギャルズ全盛期の熱狂を味わいたいとは思わなくなっていた。今この時代のプロレスを見ることができる。それが、とても誇らしい。

尾崎ムギ子●文 text by Ozaki Mugiko