中国でインドネシアとの国交樹立65周年イベント 「大ゲンカ」はなかったことにして親密さ強調
記念絵画展は中外友好国際合作中心(中国外国友好国際協力センター)、中国・中央美術学院、インドネシア駐中国大使館の共催。インドネシア側から、「インドネシアの芸術家は両国人民の世代を超えた友好と、発展を永続したいという希望を持っている」として、中央美術学院に送られた作品も展示されている。会場は中央美術学院美術館だ。
インドネシアがオランダからの独立を果たしたのは1949年12月だった。翌50年4月13日に中華人見共和国を承認し、外交関係を樹立。
その後、インドネシアでは国軍が政治に対する関与の度合いを高めた。スカルノ大統領は牽制のため、インドネシア共産党に接近。同党と中国共産党は親密で、インドネシアと中国は急接近した。すると軍とインドネシア共産党の対立が激しくなった。
1965年9月30日にインドネシア国軍はクーデターを発動。スカルノ大統領は失脚し、スハルト大統領が就任した。軍は共産主義者の殺害を繰り返した。華人(中国系住民)の大量虐殺も発生した。
中国はインドネシアを激しく非難し、1967年10月27日に国交断絶を宣言した。両国の関係が修復のきざしを見せ始めたのは約20年が経過した1980年代後半だった、外交関係の回復は1990年8月8日だった。
新華社は、中国・インドネシア外交史の「暗黒期」に触れず、「世代を超えた友好」などの表現に終始した。
中国は南シナ海に浮かぶいくつかの島の領有権を巡り、フィリピンと厳しく対立している。ベトナムとは双方に歩み寄りも見られるが、対立構造がある点では同じだ。中国はASEANのその他の国と、親密さを図っている。インドネシアについては、高速鉄道建設の受注で成功した経緯もある。
なお、国家としての親密さを強調する文化イベントは、中国外国がしばしば用いる手法だ。日本とは第1次安倍内閣時の2007年4月に、東京の国立劇場で「守望家園-中国無形文化遺産特別公演」を開催した。中国は第1次安倍内閣が発足した早い時期に日本側にイベント開催を提案したという。
小泉政権時代に日中関係の修復は次期政権まで無理と判断し、安倍政権発足を待っていたと考えられる。
日本側が返礼の意味を持つ「日本伝統芸能中国公演-日本舞踊と日本音楽-」を北京市内で開催したのは同年12月だった。企画立案や出演者のスケジュール調整などを考えれば、中国側はかなり早い時期から準備を進めていたと考えられる。
インドネシアとの国交樹立65周年を記念する展覧会は、国交を樹立した4月13日からかなり遅れた12月からの開催だ。関係者のスケジュール調整もあまり必要ないことから、高速鉄道の受注が決まった9月末ごろから、計画を本格的に進めた可能性がある。(編集担当:如月隼人)(イメージ写真提供:123RF)
