教科書に事実と異なる記載、関係者「実は違う」と明言=中国
中国では、国歌「義勇軍行進曲」の作曲者である聶耳(ニエ・アル、1912−1935年)の墓には遺骨は葬られていないと思っている人が多いという。かつて、教科書にそう記載されていたからだ。実際には故郷である雲南省昆明市内の墓に、遺灰は埋葬されている。(写真は「CNSPHOTO」提供)
今も、聶耳の墓に参詣する人は多い。中には「ここに葬られたわけではなく、記念施設にすぎない」と考える人もいるが、聶耳墓文管所業務部の包元主任も「実際に遺骨を葬った墓」と説明。実際の墓であることは間違いないという。
聶耳は昆明市の貧しい医師の家に生まれた。幼いころから音楽の才能を示し、何種類もの楽器を演奏したという。中学高校時代には中国共産主義青年団に入団して、革命運動に携わることになった。1930年に上海に出て、商店店員を経て、楽団のバイオリン演奏者になった。1933年には中国共産党に入党し、音楽活動にも精力を注いだ。
1937年にソ連留学に行く途中に日本に立ち寄り、藤沢市鵠沼海岸で遊泳中に死亡した(7月17日)。1935年に抗日映画の主題曲として作曲した「義勇軍行進曲」は1949年に、中華人民共和国の暫定国歌に指定された。1978年に、正式に国歌として指定された。
「義勇軍行進曲」の作詞者は田漢。抗日歌であり、「敵の砲火をかいくぐって前進!」など、軍事的な色彩が強い歌詞だ。ただし、「日本」や「抗日」の言葉があるわけではない。藤沢市には、聶耳の記念碑がある。また藤沢市と昆明市は1981年、友好都市になった。(編集担当:如月隼人)
