【井上拓真VS井岡一翔】ボクシングにトラッシュトークはいらない。試合後の「ありがとう」に日本ボクシングの品格を見た…父にしてトレーナー井上真吾氏が語る

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東京ドームに5万5千人の大観衆を集めて行われた、井上尚弥対中谷潤人の空前絶後のタイトルマッチ「THE DAY」。そのイベントで井岡一翔とのWBC世界バンタム級タイトルマッチに臨んだ弟・拓真は文句なしの3対0の判定勝ちを収めた。試合終了直後に完敗した井岡一翔が発した「ありがとう」の一言が試合の印象を清々しいものにした。リング上での両者のやりとりは、コーナーからはどう見えていたのか? 父にしてトレーナー井上真吾氏に話を聞いた。

【前編】〈名手井岡一翔が2度もダウン! 井上拓真はなぜ完勝できたのか?…父にしてトレーナー井上真吾氏が語る〉はこちら

井岡選手を「ファイター化」

--第3ラウンドが終わった時点で、井上サイドはそうとうなポイント上でのアドバンテージを得ることができました。それもあってか、以後、井岡選手を「ファイター化」させました。

真吾:ああなったら、気持ちで出るしかないですから。

拓真が速かったので、自分のイメージ通りにパンチをヒットすることができなかったんじゃないでしょうか。それで自分から距離を詰めに出て行かざるを得なかった。しかしそうなると、こちらとしてはまさに「思うつぼ」と言いますか、オフェンスにしてもディフェンスにしても、いろんな技を出せるようになりました。

--中盤まで順調にこちらのペースで進んでいったと思いますが、そういうときにはどのようなアドバイスを?

真吾:とりあえずは、そのままでいいよ。ただ、いいパンチが当たったら自分からアクションを起こそう。基本は「そのままでいい」ですね。

プライドと気持ちの強さで乗り切った

--その後の展開は、拓真さん優位で順調に推移したように見えましたが、まだ井岡選手にこわいところはあった?

真吾:それは最後までもちろんそうでした。だから最後まで「集中しろ」「気を抜くなよ」と、毎ラウンド言っていました。

--井岡選手はそうとうパンチを受けていました。かなりダメージはあったのではないでしょうか。

真吾:井岡選手は4階級を制覇したボクサーです。だからものすごくプライドがある。で、プライドがあるボクサーはものすごく精神力が強いんです。遠くからはジャブで突き放されて、中に入るとボディーワークでいなされる。ジレンマがあったと思います。でも最後までプライドと気持ちの強さで乗り切ったんです。

--試合終了のゴングが鳴った直後、井岡選手が拓真選手に向かって「ありがとう」と言いました。

真吾:井岡選手は5階級制覇を目指していました。その挑戦を受けてくれて「ありがとう」だったんじゃないでしょうか。

そして拓真も頭を下げて「ありがとうございました」。

二人とも、いい試合ができたという思いがあった。それで試合では勝ち負けがついたけれど、それとは別の次元でのリスペクトがお互いあったから、ああいう態度になったんです。

--試合を終えて、二人とも清々しい気持ちだったのでしょうね。

真吾:だと思いますよ。

尚弥と中谷くんもそうでしたけど、お互いがヒリヒリするやり取りをやったからこそ、自然と最後には「ありがとうございました」という気持ちになるんです。

ボクシングの素晴らしさが見れました。

拓真と尚弥の試合を終えた後で、「いい試合だったな」と自分も感じましたから。

--ボクシングにトラッシュトークは必要ない?

真吾:皆さん、そこを見たいわけではないでしょう。ボクシングの技術で戦っている中にどういうものがあるのかを見たいのであって。

試合は「やるかやられるか」。皆ボクサーはその思いで試合に臨みます。でも戦いの中でも、例えば素晴らしい技術を相手が見せたときなどには、「なかなか当たんないな」とか「いい攻撃するな」と認める瞬間があるんです。それで試合中でも自然と笑みになるんです。で、またそこからピリッとなって戦う。そして試合が終わったらまた笑顔になってお互いに「ありがとう」。それって最高じゃないですか。

--一方では相手を「ぶっ倒してやる!」という気概を持ちながら、一方で相手へのリスペクトも忘れない。ボクシングの素晴らしさが出ましたね。

真吾:そうですね。そういうところを皆さんにしっかりと見ていただけたら自分としてもうれしいです。

--そういえば、拓真さんの試合中、ずっと声を出しっぱなしでした。これ、次の試合まで喉が持つかなと、ちょっと心配になりましたが。

真吾:自分も心配になりました。最後の11、12ラウンドのあたりでは声が嗄れてきたので「これ、尚の試合に保つかなー」と。

なので、尚弥との試合の合間に龍角散を舐めました(笑)。

「変わった拓真選手」

--今回の試合は拓真さんのベストの試合と言っていいのでしょうか? アンカハス戦、那須川天心戦も会心の試合と言っていいと思いますが。

真吾:その2つの試合も良かったので、今回がベストというわけではないですが、よりよくはなっていると思います。

ただ、まだ「余白」、つまりよりよくなっていく余地は残っている。その余白を埋めていきたいです。

最近、拓真は言われたことをこなすだけでなく、自分から「これもやってみよう、あれもやってみよう」という意欲がすごく出てきてて、練習もどんどんよくなってきています。だから次の試合では、今回よりさらに強くなった拓真がお見せできるはずです。

--たしかにリングインの時の表情がこれまでになく精悍でした。

那須川選手の試合後のインタビューで「拓真さん変わりますね」と私が言うと「いえ、もう変ったんです」とおっしゃいましたが、その意味がわかりました。

真吾:「こんぐらいやらなければダメなんだ」と、改めてわかってくれたと思います。

--「変わった拓真選手」を見ることができました。

真吾:そう言っていただけると、自分もやった甲斐があったなとうれしいです。

--次の目標は、以前からおっしゃっているバンタムでの4団体制覇?

真吾:やってる以上はそれが目標にならなきゃダメでしょう。

拓真も尚弥と同じように「あと何試合」と逆算しなければならない段階に入っています。とすれば「濃い」試合をやっていきたいという思いは本人にも自分にもありますから。

指名試合もあるので簡単ではないですが、統一戦をやりたいと大橋会長には伝えています。

--兄弟二人の練習はどのようにしているのでしょうか。

真吾:基本的には同じ時間帯、16時から17時にジムに入ってだいたい1時間半、二人一緒に練習します。

例えば、まず拓真がスパーリングをして、それを自分が見る。スパーの後はサンドバッグ打ちですが、それは他のトレーナーに見てもらって、次に自分は尚弥のスパーリングを見る、というような流れです。そして次のミット打ちはまたそれぞれに自分が見る。

それは試合が決まってからの練習だけではなく、普段から、それも二人が小学生のときから同じです。

二人ともに全力で行っています。

--密度が大変そうですが、ずうっとそうしてやってらっしゃるので、真吾さん的には、もうそれほどの負担にもなってない?

真吾:ずうーっと負担ですけどね(笑)。

(2026年5月7日電話インタビュー。聞き手:講談社現代新書編集部)

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