『吉本興業HD』大洋元会長と生島ヒロシが対談!「あっぱれ!我らのエンタメ人生は終わらない」
「窓ぎわに〜〜寝がえりう〜〜って♪」
「いいですねぇ! 懐かしいね〜〜」
窓際でカメラを向けるや、フリーアナウンサーの生島ヒロシ(75)が沢田研二の『勝手にしやがれ』の替え歌を口ずさみ、『吉本興業HD』前会長の大粼洋(ひろし)(72)が即座に合いの手を打つ。
実はこの二人、息子同士が同世代という20年来の″盟友″なのだ。ともに業界歴は45年超。芸能界の酸いも甘いも噛み分けてきた「Wヒロシ」が大いに語らう。
初めて語った「騒動の裏側」
生島「まず初めに、新しいラジオ番組を持てたことに感謝の意を述べさせてください。あの件があって――尊敬する蝮(まむし)さん(毒蝮三太夫・90)から『ヒロシ、この馬鹿野郎! いい歳こいて何やってんだ』ってお叱りの言葉をいただきました。非常に反省しましたし、後悔しています。つくづく馬鹿だったと思いました」
ーー’25年1月、TBSラジオは「重大なコンプライアンス違反が発覚した」として生島のレギュラー番組降板を発表。自粛期間を経て、生島は今年4月に文化放送の新番組で復帰した。
生島「自粛期間中は夜も眠れず、毎日、睡眠薬を飲んでいました。一から出直す決意を忘れぬよう、坊主にしました。
新番組の第一声をどうするか、1週間くらい前から考えていたのに、いざマイクを前にすると声が出ない。それなのになぜか涙は出てきて……。復帰の嬉しさや緊張が混ざり合った複雑な気持ちになりました。だから原稿を読むのではなく、″今、感じていること″をしゃべらせてもらいました。多くの方から『お帰りなさい』って言ってもらえたときは、嬉しかった」
大粼「ダメなものはダメなわけで、時代の空気をきちんと吸って生きていかないと、芸能界では生き残れませんね」
生島「大粼さんも騒動直後に連絡をくれた。『自分を見つめ直して、今は耐えることが大切だ』という言葉が琴線に触れましたね。今は1年2ヵ月のブランクを埋めるべく、″75歳の若葉マーク″だと思って日々、頑張っております!」
大粼「年下ですが、僕もだてに苦労してないですからね(笑)」
生島「いや〜〜ほんとに(笑)。大粼さんとの付き合いは、もう20年になるかなぁ。大粼さんの息子さんとウチの次男坊のアメリカでの留学先が、たまたま一緒だったのがご縁で。送りにいった成田空港でお見かけして、挨拶させてもらいました」
大粼「懐かしいですね」
生島「大粼さんは、お子さんも破天荒なんです。昔、ウチに遊びに来た時に泥酔してゲロ吐いちゃって、ウチのカミさんが掃除して(笑)。誕生会とか、ウチのいろんな会に来てくださいました」
大粼「その節は、ご迷惑をおかけしました(笑)。僕はあんまり参加していませんが、家族ぐるみで仲良くさせてもらってます。こんなに気軽にしゃべれるのは、業界では生島さんだけかな」
生島「光栄ですね。そうだ、今度ラジオに出てくださいよ」
大粼「いいんですか? ぜひぜひ」
取材のためだけに「象を買う」!?
全国区の人気アナであり、名司会者の生島と『ダウンタウン』マネージャーを経て吉本興業の東京進出を手掛けた大粼。テレビ黄金期のド真ん中をWヒロシは駆け抜けた。
生島「僕がTBSを退社したのがバブル真っ只中の’89年。あのころのテレビ業界はすごかったよね」
大粼「ロンドンだってパリだって、どこに行っても全部経費で落とせた。あるメディアは取材でゾウが必要になったからって、わざわざ買ったそうですよ。どんな名目でゾウの領収書を切ったんやろ(笑)」
生島「大蔵省(現・財務省)の接待問題で″ノーパンしゃぶしゃぶ″なんて店が話題になった時は、テレビマンたちがこぞって足を運んでいましたよね。『社会勉強だ!』なんて取材にかこつけて」
大粼「行きましたわ〜〜懐かしい」
生島「女の子が肉持って来るや、床から風がビュ〜〜って噴き出して。そうするとミニスカートがブワ〜〜とめくれるんです。よくこんなことを考えたな、と感心しましたね」
大粼「生島さん……全然反省してないやん(笑)」
生島「昔ね! 昔の話なんで。1回5万円とかするんですが、当時はテレビ黄金期。景気良く経費で落としてくれました。しかもあそこ、ちゃんと肉も美味いのよ」
大粼「まさに手″抜き″ナシってことですかね」
生島「うまいこと言うね(笑)。あのころは番組の視聴率が上がればご褒美で銀座のクラブで豪遊したり、海外旅行に行けたりした。それこそアッコさん(和田アキ子・76)のゴーカイぶりには驚かされました。
僕が『アッコにおまかせ!』(TBS系)の司会を務めていた時、アッコさんが局に掛け合って、視聴率15%クリアでハワイ、20%でオーストラリア旅行というルールを勝ち取った。ご褒美旅行は大盛り上がり。スタッフも入れて30人超の大所帯で有名ホテルのホールを貸し切り、朝まで飲めや歌えの大宴会。アッコさんは750mlのウイスキー瓶を一人で2本ほど空けていて、さすがの酒豪ぶりでした」
大粼「楽しそうやなぁ〜〜」
生島「アッコさんにはプライベートでもお世話になりました。グアム旅行にご一緒したときは、酔っぱらったアッコさんが旦那さんに絡んだことが原因で夫婦喧嘩が発生。僕が仲裁に入ったんですが、途中でアッコさんがホテルを飛び出してしまって。真夜中のグアムを探して回りましたよ(笑)。
今年3月に『アッコにおまかせ!』が放送終了になりましたが、『お疲れ様でした』と伝えさせてもらいました。一つの時代が終わった感じがしましたね」
大粼「僕はマネージャーですから、タレントさんと接点が多いわけじゃない。最近、森田健作さん(76)のラジオに出させてもらいまして……酒井法子さん(55)や西村知美さん(55)もいらしたんですけど、いまだに 『わっ、のりピーや、とろりんや』って、萎縮しちゃう」
生島「そんなことないでしょ。昔、『週刊フジテレビ批評』(フジテレビ)の楽屋にお邪魔したことがあるんです。大粼さんが来るや局中からお偉いさんがブワァ〜〜って集まって。大粼さんは″芸能界のドン″の一人だなぁって思いましたよ」
大粼「僕の半生なんてフライデーさんのほうがよう知ってるんちゃいます? 紳ちゃん(島田紳助・70)の暴力団交際騒動から『闇営業』までいろいろお世話になりました(笑)。今まで17回も直撃されてるんやで? 18回目がこんな楽しい取材やと思わんかったわ。
紳ちゃんとは今も年に2〜3回、ゴルフするんですよ。今は毎日身体を鍛えていて健康そのもの。気の合う仲間と楽しく暮らしてるようですよ」
生島「遊びも全力でやる。面白いことに常にアンテナを張っているからこそ、面白い企画が思いつく。ラジオの視聴者質問に素早く答えられたのもトコトン遊んでいたから。旬の人、新しいものや流行に触れていたから、活かせることがたくさんあった」
大粼「コンプライアンスは大事だし、1000%守らなければいけないけれども、それこそ100年とかのスパンで考えると、コンプライアンスがエンタメをダメにする側面はありますよね。
反省するところはたくさんあると思いますけれど、たとえばバブル期だからこそ花開いたカルチャーもある。コンプラもあるし景気も悪いけど、みんなもっと遊ばないとダメだと思いますよ。ちゃんとしたことばかりやっていたら、人生楽しくないでしょう」
