崩壊学級は「情報」で制する! 子どもと保護者を見抜くプロの技術
熊本県公立小学校教諭として勤務。Google for Education AI∔Edu Fellowshipに選抜され、AI教育の実践を世界に広めている高森崇史氏。彼はいわゆる「崩壊学級」を幾度となく担当し、最後にはクラスを立て直し、全員を笑顔で卒業させてきました。
しかし、一度崩壊した学級を立て直すことは至難の技。
著書『学級が動き出す生徒指導 あきらめない先生へ贈るノンフィクション実践記』より、学級の実態や立て直しまでの方法、軌跡を解説します。
【前編を読む】荒れた学級は「4タイプ」で見抜く! 主導型・同調型・傍観型・不安型の攻略順
見取る前に動くと、ほぼ失敗する
前編では、崩壊学級においての叱り方と指導の順番を紹介しました。
私が初任の頃、ある先輩教師からこう言われたことがあります。「私は引き継ぎを一切しない。先入観を持たずに、まっさらな状態で子どもたちを見たいからだ」。右も左もわからなかった当時の私は、「なるほど、教師とはそういうものなのか」と妙に納得した時期もありました。
しかし、今なら断言できます。荒れた学級を引き受ける場合において、この考え方は間違いです。致命的なミスと言ってもいいでしょう。
正しいのは、「今まで起きた事実や周りの先生からの情報を徹底的に集め、それを踏まえた上で、さらに目の前の子どもを観察する」ことです。歴史を学ぶことが未来を予測するために不可欠であるように、過去に教室で起きたトラブルや経緯は、これからの指導における重要な「ヒント」であり「答え」です。「どの子とどの子を混ぜると爆発するのか」「保護者の地雷(NGワード)は何か」「過去にどのような指導で反発し、あるいは納得したのか」。これらの情報は、地雷原を歩くための地図そのものです。地図を持たずに「先入観を持ちたくないから」と丸腰で戦場に出るのは、勇敢ではなく無謀です。
情報収集の視点ー攻略の糸口を探る
情報収集において重要な視点は、「自分に対する態度」と「他の先生に対する態度」の差を知ることです。子どもたちは、相手によって巧みに仮面を使い分けます。
私に対しては猫を被って従順にしているが、音楽の先生には暴言を吐いている。あるいは、担任には反抗的だが、部活の顧問の言うことだけは聞く。この「差」を知ることで、その子の本質や、攻略の糸口(誰をキーマンにして指導するかなど)が見えてきます。
そして何より、事前の情報収集が不可欠な最大の理由は、「指導のライン」を設定するためです。
学級経営において、「全体の場での指導」は、ラインを一定に保つ必要があります。Aさんには許してBさんには叱る、というブレは不信感を生むからです。しかし、「個別の指導」においては話が別です。その子の特性や過去の経緯に応じて、指導のラインや褒めるラインを柔軟に変更していく必要があります。
例えば、普段から暴力が絶えない子が、カッとなって手を出しそうになった瞬間にグッと堪えたなら、それは「褒めるべき成長」です。一方で、普段は模範的な子が同じことをすれば、「どうしたんだ」と心配し、指導すべき場面かもしれません。
この「さじ加減」は、その子の過去(ベースライン)を知らなければ不可能です。過去を知っているからこそ、小さな変化(成長や予兆)に気づける。見切り発車で動くのではなく、十分に情報を集め、見取ってから動く。それが、失敗の確率を極限まで下げるプロの仕事なのです。
保護者の4タイプー背景・過去の経緯を静かに集める
子どもの見取りと同様に、いや、それ以上に慎重に行わなければならないのが、保護者のプロファイリングです。
保護者にも明確な「属性」や「傾向」があります。これを把握せずに地雷を踏めば、その時点で学級経営は詰みます。
私が長年の経験で分類しているのは、主に以下の六つのパターンです。
【絶対的理解者】 学校教育に敬意を持ち、こちらの指導を全面的に信頼・協力してくれる層。
【無関心層】 学校からの連絡を見ない、行事にも来ない。クレームもないが協力もない層。
【傍観者】「お手並み拝見」の姿勢。風向きによって味方にも敵にもなる層。
【教員選別型】優秀な教員には非常に協力的だが、力量不足と見なした途端、牙を剥いて攻撃してくる層。
【恐怖・萎縮層】本来は良識的だが、一部の攻撃的なボスママ・ボス親に逆らえず、沈黙を強いられている層。
【学校憎悪層】そもそも学校や教員が嫌いで、すべての事象をネガティブに変換して攻撃してくる層。
この中で、特に対応が難しく、立て直しの最大の障壁となるのが、6番目の「学校憎悪層」です。
彼らは、学校や教員に対して「マイナスのフィルター」がかかっています。こちらがどんなに正論を伝えようと、熱心に関わろうと、すべてが「悪意」や「無能」として解釈されます。そして、最も恐ろしいのは、その家庭で育てられた子どもへの影響です。
子どもは、家で親が話す言葉を食べて育ちます。毎日毎日、食卓やリビングで「あの先生はダメだ」「学校はおかしい」「お前は悪くない、先生が悪いんだ」という担任の悪口を聞かされ続けて育った子どもは、どうなるでしょうか。
当然、担任への敬意など持ちようがありません。学校への不信感だけが刷り込まれ、「先生の言うことは聞かなくていい」という歪んだ価値観が出来上がります。
徹底的な戦略実行で子どもも保護者も変わる
私が伝えた内容に近い実践をされている先生でも、上手く立て直すことができないケースがあります。その敗因は、計画の練り方自体が甘いか、周囲への通知と共有が不足して孤立するか、そして何より、伝えたことを最後までやり切る「覚悟」が足りないかのいずれかです。
この戦略を徹底してやり切った結果、卒業式の際に、ある保護者からこんな言葉をいただきました。
「先生、正直に言いますね。最初は家でも『〇〇クソ』『クソ〇〇』『あいつマジむかつく』と、子どもが先生への罵詈雑言を繰り返していたんです。私も、この先生で大丈夫なのかと不安でした」。保護者は涙を拭いながら続けました。「そしたら、ある時から『〇〇先生』と敬称がつくようになりました。そして最後の方は、『〇〇先生は凄いんだ』と、毎日楽しそうに学校の話をしてくれるようになったんです。私も驚きました。先生、本当にありがとうございます。そして、最初に失礼なことを思ってしまい、申し訳ありませんでした」
最初に方針を宣言したからといって、すべてが順風満帆に進むわけではありません。最初は
反発され、悪口を言われるのが当たり前です。しかし、子どもや保護者の不信感を信頼に変えるには、言葉だけでは足りません。 圧倒的な「成果」を見せるしかないのです。 その成果というゴールに向けて、緻密に種を蒔き、共有し、組織全体を巻き込んでいく。それが「戦略」なのです。
小学生、特に荒れた学級の中にいる子どもに、自力でその「おかしさ」に気づけというのは無理な話です。だからこそ、私たちは事前に情報を集めなければなりません。「この子のバックには、学校を憎んでいる親がいる」。その事実を知っているだけで、アプローチは変わります。
正面から説得するのではなく、時間をかけて事実を積み上げ、親の言葉と学校の現実とのギャップを、子ども自身に少しずつ感じさせるしかないのです。
荒れの根源を特定するための記録と観察
荒れた学級での戦いは、ある種「法廷闘争」に似ています。最後に身を守ってくれるのは、曖昧な記憶や感情ではなく、客観的な「記録」だけです。
日々の記録において鉄則となるのが、「事実(客観)」と「考え(主観)」を明確に分けて記録することです。例えば、「A君が怒って暴れた」というのは考えです。「A君が『ふざけんな』と叫び、パイプ椅子を右足で蹴り倒した」というのが事実です。この記録の精度が、後の保護者対応の成功と失敗を分けます。
保護者に電話でトラブルを伝える際、私は徹底して「事実のみ」を伝えるようにしています。
こちらの解釈や「こうだったのではないか」という推測は、一切挟みません。 「本日10時、AさんがBさんの教科書を破りました」。これだけを伝えて、相手の反応を待ちます。この「事実を投げた後の反応」こそが、保護者のタイプを見極めるための情報になるからです。
事実を聞いて、「大変申し訳ありません。すぐ息子に確認します」と謝罪が出るなら、話が通じる相手です。逆に、「Bさんが何かしたんじゃないですか?」「うちの子が理由もなくそんなことをするはずがない」と、事実よりも先に反論や正当化が返ってくるなら、その保護者は「学校憎悪層」や「他責傾向」がある要注意人物だとプロファイリングできます。相手の出方がわかれば、その後のこちらの「見取り(解釈)」の伝え方も戦略的に変えることができます。
トラブルが深刻化した時こそ、記録の「解像度」を上げなければなりません。日時、場所、前後の文脈、そして誰の証言なのか。特に重要なのが「正確な発言内容(セリフ)」です。「暴言を吐いた」ではなく、「『死ね』と言った」と一言一句正確に残します。そして、自分の動きも記録します。「いつ報告したか」「誰に相談したか」。この「報・連・相」の記録は、万が一事態が教育委員会や訴訟レベルに発展した際、「担任は組織的な対応を怠っていなかった」という無実を証明する唯一の証拠になります。
さらに、現代の教師には強力な参謀がいます。生成AIです。対応漏れを防ぐために、私はAIに相談します。「児童間でこのようなトラブルが起きた。事実は〇〇である。教師として取るべき対応手順と、法的リスク、保護者への伝え方の案を教えて」。AIの回答がすべて正しいとは限りません。しかし、感情的になりがちな人間の脳とは違い、AIは網羅的かつ客観的に事実を見つめ、冷静なアドバイスをくれます。特に、我々教師は法律の専門家ではありません。法的な知識や、見落としているリスクがないかをAIに壁打ちしておくことは、転ばぬ先の杖となります。AIを参考にして損をすることはありません。使える武器はデジタルでも何でも使い、万全の理論武装で対応に当たるのです。
