日本の映画産業にとって、4月中旬から5月上旬のゴールデンウィークにかけては『名探偵コナン』の季節だ。そのように定着してずいぶん経つ。この時期になると、「スクリーン数を占有されてしまうから、他に観たい作品がある人は早めに行っておいたほうがいい」というような声が聞かれ、興行結果が発表される週明けには、同作の数字を報じるニュースが各メディアを席巻する。

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 ゴールデンウィークはもともと映画産業の用語でもあり、年間でも有数の繁忙期として重要な意味を持つ。そんな時期の興行の主役として、小さな名探偵は君臨し続けている。


名探偵コナン』の主人公・江戸川コナン ©時事通信社

 1997年にスタートした劇場版『名探偵コナン』シリーズは、来年で節目となる30作品目を迎える。その内容は、時代とともに大きく変遷してきた。「アクションが増えた」「派手になった」といった表層的な変化はもちろん重要だが、その変化が時代の空気を的確に捉えたものだったからこそ、ここまでファン層が拡大したのだ。

 初期は子ども向けの謎解きミステリーとして始まり、それがいつしか大作アクションへと変貌を遂げ、キャラクターの魅力を前面に押し出して大ブレイクし、さらに年に一度のお祭りとしてのイベント体験性を重視しつつ、原作の深部にまで関わる展開を内包するなど、ドラマ性も充実するようになってきた。

 いかにして劇場版『名探偵コナン』シリーズはここまで注目されるタイトルとなったのか、その変化を追いかけてみたい。

「子ども向けミステリ」から「アクション大作」へ

名探偵コナン』はそのタイトル通り、謎解きミステリーを基礎としている。1990年代、『金田一少年の事件簿』と並んで謎解きミステリマンガの代表格として人気を博したが、主人公が小学生として暮らしているだけあって、『金田一少年の事件簿』に比べて謎解きの強度は緩やかで、子どもでも読めるミステリという位置づけだった。中学生以上の世代では『金田一少年の事件簿』を好む傾向にあったように記憶している。

 テレビアニメと劇場版も、その原作のテイストを踏襲していた。劇場版に変化が訪れたのは、2000年代中頃のことだ。舞台が大がかりになっていき、アクションシーンが増加していく。さらに人気キャラクターを多数登場させるオールスター感の強い作品が増え、事件の真相や謎解き要素はありつつも、それ以上に「どう盛り上げるか」に比重が置かれるようになっていった。

 この頃のシリーズの興行成績は、おおむね30億円前後で推移していた。同シリーズの大きな特徴は、ファンの卒業が少ないことだ。恋愛要素や人間関係の妙もあって、今後の展開も気になるためか、子どもの頃に触れたまま大人になっても読み続ける読者が多い。そうしてファンの平均年齢層が上がっていくのに合わせて、徐々に作風も変化していった。

2010年代から女性ファンを意識した作風に

 とりわけ2010年代に入って静野孔文氏が監督を務めるようになると、アクション映画化の流れが加速していく。これは、従来とは異なるファン層にも訴求する力を蓄えていくことになった。

 映画批評家の渡邉大輔氏は、筆者も参加した座談会で次のように語っている。

「昨今の『コナン』人気に関しては、僕自身はあまり私見は持ち合わせていません。ただ、妻も学生たちも好きですね。やはり赤井秀一や安室透のようなキャラクターには、女性ファンが付く。映画の『コナン』は、爆発やアクションシーンがハリウッド映画並みに見応えがあり、女性の中にはハリウッドの実写のアクションや爆発シーンは怖くて見れない人もいるけど、アニメ絵なら大丈夫で、『コナン』でそういうシーンを楽しみたいという需要があると聞きました」(※1)

 渡邉氏が指摘する通り、『コナン』シリーズは女性ファンが多い。そして2010年代中頃になると、その層を明確に意識した作風へと舵を切っていく。

「推し活ブーム」にあわせた方向転換が大成功

 2014年、人気キャラクターの一人である赤井秀一が活躍する『名探偵コナン 異次元の狙撃手(スナイパー)』が、シリーズで初めて興行収入40億円を超えるヒットを記録する。このあたりから、『コナン』シリーズはドル箱タイトルとして右肩上がりの記録を作り続けていくことになる。2016年の『名探偵コナン 純黒の悪夢(ナイトメア)』では、人気キャラクターの安室透がフィーチャーされ、60億円を超える成績を記録した。このあたりから、シリーズはキャラクタームービーとしての性格を一段と強めていく。

 2016年は、アニメ映画の変化を考える上でも重要な年だ。新海誠監督『君の名は。』の大ヒットが新たな時代の到来を予感させたこの年、応援上映を中心に支持を広げた『KING OF PRISM by PrettyRhythm』が公開される。スクリーン上の推しを応援するために劇場へ足を運ぶという行動様式が広がり始めたのもこの時期であり、『コナン』シリーズもその波に乗って大きくなっていった。

 安室透、赤井秀一、平次と和葉、怪盗キッド--人気キャラクターがその都度、前面に押し出されることによって、ファンは「推しの晴れ舞台」を観るために何度も劇場に足を運ぶようになる。『コナン』シリーズは応援上映を中心にした興行展開をしているわけではないが、「推し活」としての映画鑑賞を広めた功労者でもあると筆者は考えている。

 こうした方向転換は、制作サイドも十分に自覚したうえで進められていた。シリーズの制作・プロデュースを担うトムス・エンタテインメントの竹崎忠社長は、筆者も壇上に立った東京アニメアワードフェスティバルのシンポジウムにおいて、シリーズ黎明期の劇場版は子ども・ファミリー向けの色調が色濃かったものの、長年にわたってシリーズを続けるうちに観客自身が成長し大人になっていったことこそが、大きな転換点になったと語っている。

家族全員で行く「年に一度のイベント」に進化

「最初から見ていた観客が15年、20年と経つ中で大人になっていた。にもかかわらず映画の作りはやや低年齢層寄りのままで、そこに少しずれが生まれていた」(※2)

 この認識のもと、プロデューサー陣の世代交代を断行し、「一年に一度、スクリーンで体験するお祭り」という劇場版の位置づけへと方針を転換した。脚本・演出を大人向けに改め、ハリウッド大作を思わせる豪快なアクション・音響・映像の迫力を前面に打ち出していった結果、シリーズの人気は再び大きく跳ね上がった。

 竹崎氏はさらに、『コナン』が支持を集め続ける理由として、新一と蘭の関係を軸とするラブコメ的な魅力も大きいと分析する。「この二人の関係が最後どうなるのか見届けたいという思いが、長期的な支持につながっている」(※2)

 加えて、長く続くシリーズであるがゆえに、『コナン』は親子で楽しむ2世代コンテンツへと進化している。筆者が現在公開中の『ハイウェイの堕天使』を観に行った際、お揃いのコナンTシャツを着た4人家族がポスターの前で仲良く記念撮影をしている光景を見かけた。20代・30代の女性層を中心としつつ、いまや『コナン』は広範な世代にアピールできるコンテンツとして支持を広げている。

 またここ数年は、原作ストーリーとの関わりも一段と深くなってきた。『ハロウィンの花嫁』『黒鉄の魚影(サブマリン)』『100万ドルの五稜星(みちしるべ)』あたりは、物語の重要な核心にも迫る内容となっており、IP展開の深化を感じさせる。キャラクターの人気頼みに終わらせまいとする工夫が見られる。

「人気キャラ」ではなく「人気にしたいキャラ」を主役に

 しかし、今年の『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』でピックアップされたキャラクターは、テレビアニメシリーズでもまだ数回しか登場したことのない萩原千速(はぎわらちはや)だ。比較的新しいキャラクターと言ってよく、本作で初めて目にする観客も少なくないだろう。

 コアなファンの間では彼女の支持は伸びていたかもしれないが、赤井や安室、灰原のような一線級の人気キャラクターとは言い難い(昨年の映画でメインを張った長野県警組にも同じことが言えるかもしれない)。それでも、興行収入は100億円を突破する勢いだ。この結果は、すでに『コナン』映画の人気がキャラクタードリブンな要素だけでなく、作品そのものが「年に一度のフェス」として期待をかけられる段階に到達した可能性を示唆している。そうなると、劇場版自体がキャラクターの人気を底上げするトリガーとしても機能するだろう。今後、千速の人気は高まっていくことが予想される。

 キャラクター主導で作品の人気を引き上げ、その作品が定番の娯楽として定着すると、今度は逆に「売り出したいキャラクター」を映画に登場させることでそのキャラクターの人気が高まり、それがさらなるファン層の拡大につながっていく--そうした好循環が生まれていくことになる。

「推しのための鑑賞体験」を超えて、作品そのものが推される状況。『名探偵コナン』は、国民的フェス映画としての押しも押されもせぬ地位を獲得しつつあると言えるだろう。

参照

※1 https://realsound.jp/movie/2020/01/post-484505_2.html
※2 https://www.oricon.co.jp/news/2443892/full/
 

(杉本 穂高)