2025年(1月〜12月)、文春オンラインで反響の大きかった記事を発表します。男性著名人部門の第3位は、こちら!(初公開日 2025/12/13)。

【貴重画像】『北斗の拳』だけじゃない! デビュー作や出世作など、武論尊さんが手掛けてきた数々の「名作たち」をたっぷり見る

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  全世界での累計発行部数が1億冊を超える、アクション漫画の金字塔『北斗の拳』。2026年には、新作アニメ『北斗の拳 -FIST OF THE NORTH STAR-(フィスト オブ ザ ノーススター)』の放映も決まっている。

 その原作者である武論尊さんは現在、4億円の私費を投じた長野県佐久市の「さくまんが舎」で、漫画家の卵たちを相手に「武論尊100時間漫画塾」を開き、後進の育成に努めている。一方で、自らも出版社に持ち込みを続けるなど、80歳近くなってもバイタリティを維持する武論尊さんに、次回作の構想などを含めて話を聞いた。(全5回の5回目/最初から読む)


多くの私財を投じてつくった「さくまんが舎」で、若手とともに研鑽を続ける武論尊さん(以下、写真撮影=川内イオ)

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 多作の武論尊さんは、『北斗の拳』の原哲夫氏や『サンクチュアリ』の池上遼一氏以外にも数々の著名漫画家の原作を書いている。例えば、『タッチ』のあだち充氏や、『ベルセルク』の三浦建太郎氏とタッグを組んだこともあった。

「健太郎くんは『ベルセルク』が始まった頃で、新人だったから行き詰っちゃって、描けなくなったらしいんですよ。 それで、担当から『物語のノウハウを教えたいんで、読み切りを書いてもらえませんか?』 って連絡があって、僕が原作を書くことになったんです。それで3本ぐらいやって、健太郎君が元気になって、『ベルセルク』を再開したんですよ」

  しかし、すべてがうまくいくわけではない。読み切りを含め、これまで書いてきた100作品をすべて覚えているという武論尊さんは「10打数1安打」と表現する。10回原作を書いて、1本ヒットするかどうかというシビアな世界なのだ。

 武論尊さんは「原作者は漫画家さんの運命を抱えている」とも語る。

「原作が悪ければ、どんなに絵が良くてもダメなんだよ。やっぱり原作がしっかりしてないと意味がないと思ってます」

スランプを気に病んで、亡くなった漫画家も見てきた

 だから、自分が原作を書いてヒット作にできなかった漫画家には、「ごめんなさい」と今も後悔の念を抱く。たとえ、自分でいい出来栄えだと思っても、売れないこともある。なによりも「きつい」のは、1作品でも組んだ漫画家が、漫画の世界を離れていくことだ。

「本当に不器用で真面目な漫画家さんが多いからね。俺の原作で書いた後、その漫画以上のものを自分で描こうとして、立ち止まっちゃう人もいるんですよ。それで病んでしまって、亡くなった人がふたりいます。自分の力で自由に描こうとすると、ピュアな思いが溢れちゃうんだよな。俺みたいに長く走れるように、濁しておけってよくいうんだけど」

 1972年に原作者としてデビューしてから、公私ともに大勢の漫画家と出会い、その才能と苦悩を目の当たりにしてきたこと。若手の漫画家の成長を促すサポート役として、成功も失敗も噛み締めてきたこと。それが、若手を育てる「漫画塾」を開くきっかけになったのかもしれない。

自腹を切り、4億円をかけた建物で若手向けに本気の「漫画塾」

  武論尊さんは2018年に、長野県佐久市で受講料無料の「武論尊100時間漫画塾」を開塾した。授業は、月2回の全20回。2024年3月には武論尊さんが4億円の私費を投じて建てた校舎「さくまんが舎」が完成し、佐久市内外から塾生が通う。現在受講中の7期生を含め、これまで126名が受講し、30名がプロデビュー(2025年12月現在)。ほぼ5人にひとりの計算だ。

 武論尊100時間漫画塾の本気度は、そうそうたる講師陣からもうかがえる。『名探偵コナン』の青山剛昌氏、『タッチ』のあだち充氏、『よろしくメカドック』の次原隆二氏、『闇金ウシジマくん』の真鍋昌平氏、『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明氏……。日本が誇るレジェンドが現地で直接指導するのだ。

 取材の日も、総発行部数400万部超の『ハーメルンのバイオリン弾き』シリーズ作者、渡辺道明氏が講義に訪れていた。「人間の変化を楽しむのがエンタメ」「読者が憧れるようなかっこいいポーズ、姿を強調する」「読む人たちの想像を楽にするカメラワークを意識する」。レジェンドによる実践的なアドバイスに、7期生25名が真剣な表情で耳を傾ける。

「講師の先生方にどうやって声をかけているんですか?」と尋ねると、スキンヘッドにヒゲ、78歳とは思えない目力でこちらを見据える武論尊さんは「半分脅し。断ってもいいけど、断ったらどうなるかわかってるよねって」と冗談を飛ばしながら、こう続けた。

「先生たちは、みんなまじめに教えてくれてるよ。でも、全員言うことが違うんだ。だから塾生には毎回、『先生たちは、自分は今日までこう生きてきたという経験を話してくれるから、それをどう受け取るかは君たちの自由』と伝えています。漫画には正解がないからね。型にはめないようにしてるんだ」

コネがない若手の道を拓き、人生を変えてあげたい

 以前から漫画家の育成に興味があったんですか? と尋ねると、照れくさそうに笑った。

「もともと俺がそうだったでしょう。 漫画界になんのコネもないのに、たまたまチャンスをもらって、原作を書くようになっちゃったわけ。 そう考えると、この佐久市にも才能があるんだけど、道がわからない子がいるかもしれないって思ったんですよ。ひょっとして、道を拓いてあげたら面白いのが出てくるかなっていうのが一番の動機です。講師ならたくさん呼べるしね」

 生徒の中には、一度は漫画家を志したものの、夢をあきらめていた人もいる。例えば、長野市から通う7期生の宮島徹さんはその1人だ。20代のころに漫画で受賞経験があったというが、その後はデザインの道に進んだ。長野市の書店で塾のチラシを見つけ、試験を受けて塾生となった。他の塾生たちと切磋琢磨しながら、雑誌デビューを目指している。

「武論尊先生は自分にとって神さまのような感覚で、最初は目を合わせるのも恐れ多いと思っていました(笑)。あだち充先生や青山剛昌先生みたいな、子どもの頃から読んでいた先生たちが作画や技術的なことを教えてくれるので刺激を受けています」(宮島さん)

 映画が大ヒットした吉田修一氏の小説『国宝』のコミカライズ版を週刊ビッグコミックスピリッツで連載中の、三国史明さんも卒業生だ。

「あの子はデザインの仕事をしていて、漫画を描いたことがなかったの。でも、絵を見た時に変な雰囲気があるなあ、面白いなあと思ってね。自宅から車で1時間半ぐらいかけて通ってきて、半年ぐらいしたらスポンジが水を吸うようにみるみるストーリー作りを覚えてさ。それで、最終課題が編集者の目に留まってとんとん拍子。そういう子を見ると、塾を開いてよかったなと思うよね。ひとりの人生を変えているわけだから」(武論尊さん)

「塾生たちに『ヘタ』と思われたらアウト」

 開塾から7年、やる気に満ちた塾生に囲まれて、武論尊さんはすっかり好々爺のように……というキャラではなかった。驚くことに、この7年間、毎回、塾生に出される漫画原作の課題を自分も提出しているのだ。その理由は「若いやつらには負けられない」から。

「講義の時間に、出版社の漫画編集者がみんなの前で課題を講評するんだよ。その時、塾生たちに『ヘタ』と思われたらアウトだろう。とにかく、あいつらを納得させないといけないんです。もし俺が上から目線でああだこうだ言ってたら、そんな塾、誰も来ないよ」

「今はもう、待っててもオファーが来ない」あたためている次回作の構想は?

 塾生たちに交じって課題を出しているだけではない。『Too BEAT』(作画・吉田史朗)の連載が終わったのが、2023年。それから新作を書いていないものの、武論尊さんは今も出版社に原作案を持ち込んでいると聞いて、耳を疑った。現在78歳にして、まだ現役バリバリなのだ。お金や名誉は十分すぎるほど手にした武論尊さんが持ち込みをする理由は?

「今はもう、待っててもオファーが来ないんだから、自分で持ち込むしかないでしょ。今のところぜんぜん使ってくれないけど、この年で原作を書いて、俺の能力が今の読者たちに通用するのかどうか、見てみたいんだよ。だから編集部に無理やり持ち込んでるんだ。またジジイが来たよ、イヤだなって言われてると思うけど(笑)」

 テーマも、これまで書いたことのないものに挑戦している。

「趣味を活かしたゴルフや競馬ものが多いね。あと、AV女優の話とか詐欺師の話も書いてるところ。2本ぐらいうまくいきそうだから、それが決まったら嬉しいかな」

 このどん欲な姿勢も、漫画塾を始めたことが影響しているんでしょうか? と尋ねると、大きく頷いた。

「だから持ち込みしてるんだよ! 塾生を見てると自分もまだまだだと思うし、塾を始めて元気になったよね(笑)」

 もともと漫画塾は佐久市の施設を利用していたが、滞りなく漫画塾を続けていくために、前述の通り私費で4億円を投じて、さくまんが舎を建てた。そしてつい最近、「お金が続く限り、半永久的に漫画塾を続けること」という遺言を書いたという。

「俺も78だからね、なにがあるかわからないから、先のこともぼちぼち考えないと」

 一瞬、しんみりとした雰囲気になったところで、武論尊さんがギラリと目を光らせた。

「一番怖いのは、腹上死だよね。目指せ、腹上死。ガハハハッ」

 豪快に笑うその姿を見て、『北斗の拳』ラオウの名セリフが思い浮かんだ。

「わが生涯に一片の悔いなし」

(川内 イオ)